セルフレジで逆に人が忙しくなるのは日本の“お家芸” 約50年前にも同様の事例が(古市憲寿)

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 シリコンバレー発のラーメン自動販売機メーカーが静かな話題を呼んでいる。2016年に台湾出身のアンディ・リンが起業した「ヨーカイエクスプレス」だ。テスラの工場に納入された時は、あのイーロン・マスクも「おいしい」と呟いていた。

 アメリカでは空港やホテルなど約50箇所に導入され、今年ついに日本に乗り込んできた。だが我々からすれば、「自動販売機」も「ラーメン」も日本のお家芸に思える。

 実際、彼らも事業の着想を日本のパーキングエリアに並ぶ自販機から得たという。昭和の日本では、うどんやハンバーガー、トーストまでさまざまな食品の自販機が並んでいた。また街中に飲料自販機があり、それは治安のよさの象徴でもあった。ヨーカイエクスプレスに勝ち目はあるのか。

 実は「自動販売機といえば日本」というイメージは過去のものになりつつある。最大の理由は人件費だ。

 とにかく人件費の高いアメリカでは、スマート自販機の開発・導入が進んでいる。多少の初期費用がかかっても、人を雇うよりは安いというわけだ。アプリ決済やリアルタイムの在庫管理が可能で、最新のロボット技術を取り入れた高性能の自販機もある。

 一方の日本は、ニュースになるくらい人件費が安い。多額の費用をかけて新技術を導入するよりも、誰かを雇ってしまった方が短期的には合理的なのだ。市場としても、自販機を進化させる動機が弱かった。

 そんな国では、未だに人間が大活躍する。

 今年8月、三重県のスーパーに張り出された掲示が話題になった。「従業員の人員不足によりしばらくの間セルフレジは封鎖いたします」というのだ。普通に考えればセルフレジは、「従業員の人手不足」を解消させるもの。なぜこんな本末転倒なことになったのか。

 スーパーは取材に対して、セルフレジを監督する従業員が体調不良になったと答えている。その従業員でないと、レジを起動させるのも難しいのだという。

 確かに海外のセルフレジにもスタッフはいるが、高度な専門性が必要だとは思えない。日本のスーパーは客を過保護にしているのかもしれない。

 昭和の新聞を読んでいたら、自動販売機のあおりを受けて「駅の両替所は大忙し」という記事を見つけた。約50年前のこと、硬貨を使用する自動販売機と公衆電話の普及で、紙幣からの両替需要が増えたという。両替所は有人で年中無休。足かけ20年も仕事をしてきた68歳男性の「私には盆も正月もない」というコメントが紹介されている(「朝日新聞」1967年3月29日朝刊)。省人化を可能とする新技術によって、むしろ人間が忙しくなるというのは、日本の得意技らしい。

 さすがに有人の両替所が消えたように、無人化は進んでいくのだろう。だがそこに日本の人は新しい仕事を見つけてしまいそうだ。50年後、何でもできるロボットの隣で、ニコニコ笑ってただ立っているだけの仕事が生まれているのかも。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2022年11月17日号掲載

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