松坂慶子のムショ活がかわいい「一橋桐子の犯罪日記」 コメディーながら「やろうとしていることは犯罪」というギャップ

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 繁殖に成功し、次世代に脈々とDNAが引き継がれていく人々を、とても眩しく感じるようになった。逆に、こぢんまりと終焉に向かう人のほうが気になるのだが、ドラマではあまりクローズアップされず。その手のモノはドキュメンタリーと思っていたが、好みドストライクなドラマが登場。

 親類縁者も貯金も持ち家もなし、パートのわずかな収入と年金で細々と暮らす高齢女性・一橋桐子が主人公。同棲していた親友が亡くなり、悲しみと絶望と生活不安が襲う。刑務所に入りたくて万引きをした高齢男性のニュースを観て、ふと考える。余生を刑務所で過ごせたら、今よりも楽なのではないか? 他人様を傷つけず、どうにかして刑務所に入ることはできないものか? そこで“ムショ活”を始めるというのが「一橋桐子の犯罪日記」である。

 桐子を演じるのは松坂慶子。もうね、慶子がむちゃくちゃカワイイ。「愛の水中花」の妖艶なバニーガール姿を懐かしく思う年寄りもいるだろうけれど、色香あふれる美人女優は見事に達観の域へ。不器用なおばちゃんだが、パチンコ屋の清掃パートをしながら、ボロアパートでぬか床を大事にする姿が実に愛おしくてね。表情や仕草が品よく切なく、コミカルかつリアル。いじけてはいるが、いじらしい。犯罪に手を染めようという思考はゆがんでいるが、なんだか支えたくなるような存在。そんな慶子に夢中。

 初回、親友の知子(由紀さおり)が亡くなり、泥棒(斉木しげる)に香典をまるっと持って行かれ、家賃も払えず、散々な目に遭う桐子。思い余って苺大福をスーパーで大量に万引きするも、逮捕はされず。そこで知り合ったサーファー高校生(長澤樹)に励まされ、ムショ活を応援されることに。

 さらには、パート先のパチンコ屋でムショ帰りとうわさされているリーダー(岩田剛典)から犯罪指南を受け、偽札作りや悪人相手の強盗に挑むも、ことごとく失敗。孤独な闇金業者(宇崎竜童)に近づいたものの、逆に高齢男性を狙った詐欺まがいで荒稼ぎする女(木村多江)を紹介されちゃって。桐子はさまざまな人に助けられ、ムショ活を謳歌していく。

 パート仲間(富田望生(みう))や俳句仲間(草刈正雄)、句会の世話人(片桐はいり)からも温かく見守られつつ、ムショへの思いは募るばかり。元受刑者の美容師(遊井亮子)から女子刑務所のアットホームで牧歌的な雰囲気を聞かされて、ますます妄想を膨らませていく桐子。

 ほんわかコメディーだが、やろうとしていることは犯罪。そのギャップがおかしいし、その先を考えると切ない。さらに、亡くなった知子にもどうやら秘密があったようで、娘(戸田菜穂)がキーパーソンになる予感。

 桐子の心模様は随時俳句で表現。絶望から心機一転、覚悟、そして奮闘。方向は間違っているけれど、迷いがなくて明るいのが救いだ。

 ムショ活の成功を願う気持ちと、いやいや犯罪はダメ、ゼッタイ、という気持ちがせめぎ合う。ほんわかとしんみりの不思議な味わいもある。余生を考え始めた50歳以上は観てほしい。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2022年11月3日号掲載

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