安倍氏“銃撃現場”に奈良市長がモニュメント設置構想 賛否両論で識者はどう考えるか

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東京駅には“印”

 ヒントになるのは、原敬(1856~1921)、濱口雄幸(1870~1931)、斎藤実(1858~1936)という3人の首相経験者だ。

 原は1921年、東京駅で男に刺され死亡した。浜口は1930年、やはり東京駅で右翼団体の男から銃撃され、重傷を負った。

 浜口は奇跡的に一命を取り留め、31年1月に退院した。だが、体調の悪化を止めることはできず、8月に死去した。

 共に事件現場となった東京駅では、現場の近くであることを示すプレートが床に埋められ、その脇に事件の概要を示すプレートが設置されている。“モニュメント”や“献花場”といった大がかりなものではない。

 斉藤は1936年に起きた二・二六事件の際、東京・四谷の私邸で150人の兵士に襲撃され、無抵抗のまま殺害された。

 この私邸は現存しておらず、現場には跡を示す印も事件を説明する案内板のようなものも整備されていない。

 一方、斉藤の故郷である岩手県奥州市には「斉藤実記念館」が建てられた。館内では斉藤の生涯や二・二六事件の詳細などが展示されている。

「事故現場の場所に関して、緯度や経度などのデジタルデータをしっかり保存し、何十年経っても、『あそこが現場です』と伝えることが可能なら、現場の印や案内板も必要ないかもしれません」(同・佐瀨氏)

山口県も候補?

 もしデジタルデータの永久保存が可能なら、資料館のようなものも、奈良市以外に建設することも可能だ。

「何らかの形で奈良市内の事件現場を後世に伝えることができるのなら、安倍さんの故郷である山口県に資料館のようなものを建てることも検討していいのではないでしょうか」(同・佐瀨氏)

註:記事のタイトルは「奈良市長『銃撃事件後世に伝承』 現場整備9月に結論、発生1カ月」。引用した記事はインターネットで無料公開されているものではなく、共同通信が加盟社に配信したもの