夏ドラマ「ベスト3」 黒沢明の作品を彷彿とさせる「石子と羽男」が従来のリーガルドラマと違う点

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「初恋の悪魔」(日本テレビ)主演・林遣都(31)、仲野太賀(29)

 世界的に評判の高い坂元裕二氏(55)が書いたミステリアスコメディ。英国ミステリー作品と同じく、緻密に計算された作品だ。メッセージ性も兼ね備えている。視聴率のみ狙い、脚本を途中で書き換え、手に汗を握る場面を増やした紛い物のミステリーとは違う。

 この作品について筆者は「テーマと事件を知るカギはどちらも『リバーシブル』」と繰り返し書いてきた。2面性である。そうなることは坂元氏も第1話から暗示していた。脚本界の第一人者だけあって、極めてフェアだ。物語が大詰めになるまで犯人を推理できないようにする姑息な作品などミステリーではない。

 坂元氏がヒントとして最初から視聴者に示していたのが、ヒロインで神奈川県警境川署生活安全課に勤務する摘木星砂(松岡茉優)の日常着・スカジャンである。リバーシブルだ。

 星砂はシャンパンゴールド色の布地に「赤虎」が刺繍された面を着ているが、内側には緑色の布地に金色の「龍」が縫い込まれた面が隠れている。龍はヘビが修行を積んで姿を変えたものだとの言い伝えがあり、つまりはヘビ女のことである。

 スカジャンの龍と同じく、星砂のヘビ女の人格は普段、隠れている。赤虎側とヘビ女側のどちらが本当の星砂なのか。スカジャンと同じく両表であり、どちらも真の星砂にほかならない。

 そもそも人間は誰でも多面的。どの面も真の自分だ。同署刑事課の鹿浜鈴之介(林遣都)と元同署総務課・馬淵悠日(仲野太賀)もまた1面的ではない。

 物語の前半では平凡で愚直な男だった悠日は、赤虎側の星砂を愛し、鈴之介や同署会計課の小鳥琉夏(柄本佑)と友達になったことにより、違う面を見せるようになった。同署警察署長・雪松鳴人(伊藤英明)をブン殴ってクビになるほど熱い面である。

 一方、子供のころから孤独を噛みしめていた鈴之介はヘビ女側の星砂のことが好きになり、悠日らと友達になることで変わった。排他的ではない面を出す。

 雪松署長にも2面性があったのは説明するまでもない。連続殺人の真犯人と見られる息子の弓弦(菅生新樹)を庇っていた。勤務中の威厳ある雪松署長とは全く違う顔が家庭に存在し、その面が連続殺人に加担した。やはり、どちらの面も真の雪松署長である。

 ずっと人間の2面性が描かれた作品だった。例えば第5話。鈴之介宅の以前の持ち主・椿静枝(山口果林)は善良な市民だったが、旧境川中学校の外壁崩壊により、最愛の娘と孫を亡くした。それによって復讐鬼の面が現れ、市役所職員・天川(宮崎秋人)を監禁する。2面とも真の静枝である。

 この作品の結末は第6話でのリサ(満島ひかり)の言葉が暗示しているように思えてならない。リサは家出していた16歳当時のヘビ女側・星砂を助けた女性である。

「人生で一番素敵なことは遠回りすることだよ」(リサ)

 青春末期を一緒にまわり道していた鈴之介、悠日、星砂、琉夏。泣き笑いの美しい時間を共有したが、それぞれの道を歩き始めるのではないか。

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