毎年骨折、「鍋焦がし」トラブル… 女優・冨士眞奈美がそれでも「独居最高!」と語る理由

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 人生100年時代、誰もが直面する可能性があるのが「おひとりさま生活」である。約40年前に離婚を経験した女優・冨士眞奈美(84)が「独居最高!」と語る理由とは?

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 離婚して約40年。その後、ひとり娘が家を出ていってから数えても20年以上が経ちました。以来、すっかり年を取って、今に至るまでおひとりさま生活。寂しいかと聞かれると……。

 全然! 私の辞書に「孤独」という言葉はない。私、ずーっとひとりになりたかったんです。もともと6人きょうだいのガヤガヤした環境で育ち、弟たちが大学を出て私も結婚し、子どもができて、離婚してもしばらくは娘と一緒で。とにかくひとりきりでの生活に憧れていました。

 そして今、家に誰もいない自由な暮らしを思う存分に味わえている。人生の絶頂なんじゃないかと思っているくらいです。おひとりさま、最高!

 私は都内の一軒家に暮らしていて、娘はそこから徒歩15分くらいのマンションに住んでいます。朝起きたら必ず娘に電話して、寝る前には、面倒くさいけど覚えたてのLINEで〈生きています。これから寝ます。では、また明日〉と送る。知らない間に死なれて、死体が放置されたままだと家が売れなくなるから、なんて娘は言っていますが、どうやら生存確認だけはしたいらしいんです。

 でも、それだけ。ほとんど娘と会うことはありません。この状態が私にとってはとても快適なんです。だって、娘は怖いから。会うと必ず叱られる。そんな口の利き方しなくたっていいじゃないというくらい叱ってくるんです。

 あれ捨てろ、これ捨てろ、家の中にカビが生(は)えているから家を売ってしまえ、カビの生えた家にカビの生えた人間が住んでいるからここはカビくさいんだ――。

 まるで私を子ども扱い。もちろん、私が骨折した時なんかは病院に連れて行って車椅子を押してくれたりはするんですけどね。

 親子とはいえ、それくらいの距離感のほうが付かず離れずでちょうどいい、と言う人もいますけど、どうなのかしら。どこのお宅も、母と娘の女同士ってなかなか難しいみたい。娘とはそんな感じだから、ひとりで住んでいるほうが気が楽なんです。娘もそう言います。

 私の趣味はスポーツ観戦なので、家では時間に関係なく、朝から夜までテレビでスポーツを観ています。娘がいたら何を言われるか分かりませんが、ひとりだからいつ何をしたって誰からも文句を言われません。

 朝はメジャーリーグ中継で、その後は大相撲。ニュースを観て、夜はまた大相撲の再放送だったり、ラグビーとか、サッカーとか、再びメジャーリーグを観たり。自分はもうあまり体を動かせない分、とにかく人が動いているのを観るのが好きなんです。

 今はとりわけ大谷翔平推しです。彼は別格ね。あの長い脚で走ったり、投げたり、打ったり。私、健康のことも考えて毎日トマトとブロッコリーを食べているんですけど、ブロッコリーは大谷が好きだと知ってから食べ始めました。家中に大谷の写真を貼って、「これからお風呂に入ってきます」「出かけてきます。行ってきます」なんて話しかけています。好きなだけ独り言を言えるのも、ひとり暮らしの特権です。

 そういえばつい先日、テレビを観ながら、ちょっと姿勢を変えようと思って、ソファのひじ掛けに足を乗せようとしたら椅子から転げ落ちちゃったんです。

「しまった。これはちゃんと立てるかな」

 この3年間、毎年骨折。趣味は骨折。またかと思いつつ、床に寝て静かにジーっとして回復を待ちました。おかげさまで、どこもけがはしませんでした。そういう時って、本当にひとりでよかったなと思います。

 普通は逆? そうなの? もし娘が家にいたら、「ほら、またやった!」と怒られるのは目に見えているじゃないですか。そういうことが一切ないおひとりさまは、やっぱりいい。

 あと、これも最近の話で、スープを作っているのをすっかり忘れて、鍋を焦(こ)がしてしまったんです。なんだか「ビー、ビー」とサイレンみたいなのが鳴っているなと思ったら、セコムから「火事になっていませんか?」と連絡が来て。気が付いたら煙がモクモクで、お鍋に厚さ3センチくらいの焦げがこびりついていました。この時も、もし娘がいたら叱られるに決まっている。だったら月1万5千円程度はかかるけど、セコムに助けてもらったほうがいいと思うくらいです。

 でもね、なぜか後で娘に報告しちゃうんです。「また鍋を焦がしちゃった」って。当然、ものすごく怒られます。これじゃ、娘に叱られたいのか、叱られたくないのか、よく分からないですよね。本当に自分でも不思議。これって何なんでしょう。そんな娘と一緒に「徹子の部屋」に出たりして……。

早すぎた終活の結末

 いずれにしても、「単身高齢者」には違いないですから、終活も考えています。家に溢れている物も整理して始末しなければいけないと思ってはいるんです。洋服にアクセサリーに本。でも、簡単に捨てられない。本だって人が一生懸命に書いたものですし、どんな物にもそれぞれ思い出や因縁がありますからどうしても処分できなくて。

 私が死んだ後に、娘が「これ、お母さんが好きだったやつだ」なんて言いながら整理してくれたらいいかなとも思うんですが、娘は、「自分ですっきりした家にしてちょうだい。そうしたらちゃんと売ってあげるから」ですって。

 20年くらい前に自分のお墓も地元の静岡県に用意しました。ところがその後に、地元で暮らしていた弟が亡くなり、お墓の近くに親族が誰もいなくなってしまった。私が中にちゃんと入るまでお墓は持たないのではないか――。早すぎた終活は、何とも皮肉な結末を迎えそうです。

 そもそも私、まだもう少し長生きしそうな気がする。自分でそういうのって分かるんです。私には食欲がある。「食べたい!」という気持ちがあるうちは大丈夫なんですよ。

 今は「ランチパック」に凝っています。毎朝、起きたら家から50メートルくらいのところにあるコンビニに行って、ランチパックを買う。特にカスタード味がケーキみたいで食べやすくて、それをトースターで軽く裏表焼いて、牛乳とトマトジュースと一緒に食べる。あとはゆで卵。これが私の朝食の定番です。

 実は娘に教わったこのランチパックへの“欲”がある限り、まだ骨になるのは先だと思うんです。仮にその日が来たら海に散骨してもらってもいいし、どうしてもらっても構わない。私は死んじゃってますから。自宅でぽっくり逝くのが理想ですね。メジャーリーグ中継を観ながらそのまま眠るように――。

 娘は、「静岡までお墓参りに行くなんて、とてもじゃないけれど面倒くさくてできない。だから、お骨をダイヤモンドにして、アクセサリーとして首にぶらさげておくつもり」と言っています。骨から炭素だけを取り出して人工ダイヤモンドにできるらしいんですよね。

 娘がそうしたいならそうすればいい。とにかく、私が死んでも「母親にもっとああしておけばよかった」と思い残すことがないようにしてもらいたいですね。ダイヤモンドだけに、私の死後もカラッとした気持ちで生きていってくれたらなと。だから……。

 生きている間に、もう少し私に優しくしてくださると嬉しいんですが。

冨士真奈美(ふじまなみ)
女優。1938年生まれ。56年、NHKの「この瞳」の主役に抜擢されて女優デビュー。以後、「細うで繁盛記」など出演多数。エッセイストや俳人としての一面も持つ。

週刊新潮 2022年8月11・18日号掲載

特別読物「『死別』『離婚』『生涯独身』…著名人が明かす『おひとりさま』哲学」より

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