「いい人がいたら結婚したい」と実家に住み続ける31歳の娘 不自由ない環境で育った女性にとって結婚は損?

  • ブックマーク

Advertisement

なんとなく独身を続けている女性

 いつの世も家族は心の支えでもある一方で、悩みの種でもある。

 家族問題評論家の池内ひろ美さんは、1996年に「東京家族ラボ」を開設して以来、4万件近い家族問題の相談に乗ってきた。離婚、結婚、恋愛、不仲等々。こうした問題は、SNSが普及して、家族が皆LINEで頻繁に連絡を取るようになったからといって減ったわけでもない。むしろ余計に事態がややこしくなっているという面もあるようだ。

 池内さんが実際に直面した最近の家族問題とはいかなるものだったのか。【SNS時代の家族問題/第1回】

(個人が特定されないように年齢など一部を変えています)

 ***

 娘さんが結婚しないことに悩んでいる親御様は今、とても多くいらっしゃいます。お嬢様方は結婚を積極的に避けているわけではなく、いい人がいたら結婚したいと望んでいるにもかかわらず、なんとなく30歳を超えて、なんとなく独身を続けている女性はたくさんいることでしょう。

 厚生労働省によると、令和元年の平均初婚年齢は、夫 31.2歳、妻 29.6歳ですが、平均値だけで語るのは危険ですね。読み取り方を間違えることもありますし、中央値がどこにあるのかが大切ですが、ともあれ、統計の数字の中には、生活者それぞれ一人一人の悩みが含まれています。

「一人娘が結婚する気配がなくて困っています」

「一人娘が結婚する気配がなくて困っています、31歳になりましたのに」

 50代の上品な婦人がため息をつきながら、でも、まっすぐこちらを見て訴えてきます。豊かな生活を送っていらっしゃるのでしょう、基本的な顔立ちの美しさだけでなく、シンプルで仕立ての良いベージュのワンピースにシルク混のサーモンピンクのカーディガンを羽織る洋服のセンスの良さも素敵です。大人の女はピンクを甘く着ないところが素敵です。若い頃からたくさんの洋服を試し、自身に似合うスタイルを知っている女性という印象でした。

 彼女は、艶のある髪の毛をきれいな指先でときどき触り、伏し目がちになることがある。でも、言葉を発するときにはまっすぐこちらを見て語ります。

「娘は、母親の私が言うのもおこがましいですが、かわいい系の美人です。学生時代から何人かとお付き合いしたのに、結婚する気配がまったくありません。私が娘の年齢の時には、もう出産して子育てをしていたんですよ」

「パパみたいな人がいい」

 女性の結婚年齢は、親にとっては悩ましいことですね。

 かつて女性の婚期については「クリスマスケーキ」などという呼称がありました。25歳までに結婚しなければ26歳(12月26日)以降は「売れ残り」。

 来所したお母様の年齢の女性たちは、「大晦日」あるいは「年越し蕎麦理論」と呼ばれた世代でもあります。年越し蕎麦理論とは、大晦日31日が需要のピークで、当時は31歳を過ぎた女性は価値がなくなってしまうという揶揄。そんな時代を知るお母様が若い頃に刷り込まれた考え方から、今31歳になったお嬢様を心配するのは当然ですし、少し恐怖にさえ感じられるのも、お母様の年齢だからこそリアリティーがあります。

 今の時代、仕事にやりがいを覚えるあまり結婚に気持ちが向かない女性は多くいますが、相談者のお嬢様は、仕事にやりがいを持っているのでしょうか。

「娘は、大企業の一般職勤務で、お友だちも多くて楽しく働いているようですが、でも、やりがいを持ってというほどではなくて、休みを使って国内やアジアをお友だちと旅行したり、仕事よりプライベートを楽しんでいます」

 お嬢様は結婚したくないと明確におっしゃっていますか?

「いいえ、結婚はしたいと申しています。ただし『いい人』がいればと。娘が言う『いい人』って何なんでしょうね。時には、パパみたいな人がいいと言うこともあります。ファザコンでしょうか」

 いえ、ファザコンと決めるには早計ですが、彼女は父親のどういったところが結婚相手として好ましいと感じているのでしょう。

「それは、妻である私が申しますのも変ですが、夫が優しい人だからでしょう。娘や私が欲しい物があると言えば何でも買ってくれますし、娘が学生時代には海外出張の度にヴィトンのバッグをいくつも買っていました。あ、ディオールのブックトートを娘はとても喜んでいました。パパは娘の好みをよく知っていますからね」

「『いい人』がいたら結婚したい」の本当の意味

 ディオールのブックトートは、ミニ、スモール、ミディアム、ラージとサイズ展開があり、9文字までの名入れ刺繍ができるのも女の子が憧れる理由のひとつです。価格は30〜40万円を超える。お父様はお金持ちですね。ハイブランドのバッグをいくつも買うとか、トレンドをいち早く見つける、男性なのに女子力の高さが垣間見られるのは、少しバブル時代の香りもします。

「彼は総合商社勤務の会社員ですが、夫の実家が裕福ですので、夫自身のお小遣いは多いと思います。私たちが結婚した時には夫の父がマンションを買ってくださって、それを転売して現在の戸建てに住んでいます。娘は小学校からずっと私立校でしたし、習い事もたくさんさせて不自由なく育ててきました」

 なるほど。素晴らしいご家庭です。総合商社の役員に上り詰めている優しい夫に、穏やかで美しい専業主婦の妻、お姫様のように育てられた娘は一人前になり1部上場企業に勤務し
ており、夫の実家は経済的に援助もしてくれるグッドコミュニケーションですね。家族三人だけでなく、夫の実家も含めて非の打ち所がないほど素晴らしい。

 その素晴らしいご家庭の中で、ただ一つの悩みが、一人娘が結婚しないというものですね。お嬢様は、結婚したくないわけではなく、「いい人」がいたら結婚したいとおっしゃる。

 ここで「『いい人』がいたら結婚したい」の、本当の意味を考えてみましょう。それは、お母様が「夫は優しく、いい人だ」と定義していることに根っこがあるかもしれません。

いわゆる「勝ち組」結婚

 50代のお母様の結婚はどういうものだったか聞いてみました。

 女子大を卒業した後、友人の紹介で出会ったのが彼女の夫となる人です。

 総合商社勤務の男性は今の時代も結婚相手として女性からの人気が高いものですが、30年以上前、まだ結婚相手の男性に「3高」を求めていた時代の女性たちにはとても人気の高い職業でした。「3高」とは、高学歴・高収入・高身長を指しますが、総合商社に就職できた高学歴を持ち、当時は今以上に賞与も多かった彼は高収入ですね。また、当時は会社の経費もふんだんに使えたことでしょう。さらに、彼の実家が裕福であるため、住宅ローンや子供の学費の心配もなく、お嬢様を何不自由なく育てることができたと彼女自身が振り返ることのできる、いわゆる「勝ち組」結婚でもあるでしょう。

 気にかかるのは、お母様が言う夫の優しさの具体例が、「娘に海外出張のお土産にハイブランドのバッグをたくさん買ってくる」ことや「妻と娘が望んだらなんでも買ってくれる」ことでしょうか。それはもちろん悪いことでも間違ったことでもありません。結婚相手の条件に経済的な豊かさを求める人は洋の東西を問わず、今も昔も一定数以上いらっしゃいます。

ヘンリー王子の王室離脱

 物語の中にもあります。

「シンデレラ」のように、王子様に見初められて結婚することによって、それまでの不遇な環境から、生まれ変わることができるような結婚をすることです。王子様には経済力だけでなく高い地位もあります。それは、「玉の輿」とも「上昇婚(ハイパーガミー)」とも呼ばれるものですが、自分よりも高い階級・高い社会的地位を持った相手との結婚を望むものです。

「上昇婚」をわかりやすく説明すれば、王族と一般市民が結婚した場合には、男性が王族であれば女性に階級上昇が生じて、彼女も王族に入ることができるというもの。イギリスでは、ウィリアム王子(ケンブリッジ公ウィリアム王子)と結婚したキャサリンは、彼女の両親が、玩具とパーティー用品の通信販売会社を経営する富豪の娘ではあっても一般市民。王子と結婚することで階級上昇しプリンセスとなりました。

 一方、ウィリアム王子の弟であるヘンリー王子(サセックス公ヘンリー王子)と結婚した俳優のメーガンは、上昇婚をしたにもかかわらず、その権利(と英国王室の公務を担う義務)を放棄して王室離脱し、「王室を離れて自分たちが行う仕事を誇りに思う」と、チャリティー組織アーチウェルを設立しています。個人的に誇りに思うのは自由ですが、王室離脱によってヘンリー王子は階級下降し、彼の持つ英国王位継承権は失われました。

結婚による階級上昇

 逆に、女性が王族だった場合はどうでしょう。

 男性には階級上昇が生じず、結婚した後は二人とも一般市民となります。日本の皇室も同じですね。

 皇族の眞子内親王と結婚しても小室圭さんの階級が上がるわけではなく、眞子様は皇籍を離脱し、一般市民となっています。

 つまり、これら王族や皇族の場合、結婚による階級上昇は女性のみに起こることであって男性には起こりません。また、一般人同士の結婚であっても、いわゆる「玉の輿」と比較すると「逆玉」は少ないのが現状でしょう。このような背景から、上昇婚は「女性上昇婚」と呼ばれる場合もあります。童話の中でも、「シンデレラ」だけでなく、「かえるの王様」「美女と野獣」など、女性が階級上昇する結婚は多くみられます。

 ここまで考え進めると、相談者であるお母様自身も「上昇婚」だったのではないかと思われるふしがあります。そう感じるのは、彼女が夫の学歴や職業、夫の実家の裕福さは語っても、彼女自身の学歴や実家について多くを語らないからです。

 それは私が尋ねなかったからではありません。尋ねなくても、夫と夫の実家については、彼女から積極的に語ってくれました。相談の対象である娘の情報より、夫と夫の実家についての情報量が多かったほどです。

 お嬢様も、無意識のうちにお母様と同じ「上昇婚」を望んでいるのかもしれませんね。お嬢様世代は、生まれてから一度も景気上昇を実感できなかった世代でもあるため、上昇できない結婚を急ぐより、現状にある親元で安定した生活を送りながら、仕事も恋人もそこそこ楽しみ、友だちを大切にして旅行を楽しみ、予測することが難しい結婚はできるだけ先延ばしにすることが、彼女にとっては理にかなっているのでしょう。

結婚することで、今以上の豊かさを得られるかはわからない

 つまり、親元で豊かに暮らしてきた以上の生活水準を提供してくれる「いい人」がいれば結婚したいけれども、なかなかそういった相手は見つかりません。恋人であれば、父親と似た優しさを持つ男性もいらっしゃるでしょうが、結婚となると、優しさだけでは彼女は納得できません。

 彼女にとっては、男性が提供する生活水準の高さや家の広さも重要です。さらに、彼女自身の自由な時間と行動は守られるでしょうか、彼女の母親のように優雅な生活を送ることができるでしょうか、と彼女にとって大切な結婚の要素は多くあります。

 現在まで、彼女が納得できる男性が現れていないのは、「パパみたいな人と結婚したい」の言葉に集約されていますよね。

 お嬢さんは結婚しなくても十分な豊かさを享受している。結婚することで、今以上の豊かさを得られるかはわからない。自由に関しては、結婚したほうが制限されるリスクは高い。こうなると、無理に結婚する意味を積極的に見出すことが難しいわけです。

 もちろん、結婚や家族を持つことの最上の意味は精神的な喜びにある、という考え方はあるでしょう。しかし、そのようなことを残念ながらこのお母様は語ってこなかった。あるいはご夫婦は示せていなかった。

「もしも本気で結婚させたいと思うのであれば、年齢を区切って実家から出て行ってもらうことにするなど、厳しい態度に出るほかないでしょう。そうでなければあとは運を天に任せるか、場合によっては自分たちが死ぬまで面倒を見ることを覚悟するかです」

 そう伝えるほかありませんでした。

池内ひろ美(いけうちひろみ)
家族問題評論家。一般社団法人ガールパワー(Girl Power)代表理事。家族メンター協会代表理事。内閣府後援女性活躍推進委員会理事。1996年より「東京家族ラボ」を主宰。『とりあえず結婚するという生き方』『妻の浮気』など著書多数。

デイリー新潮編集部

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。