新しい「現実」を見据えてイノベーションを起こす――高岡浩三(ケイアンドカンパニー代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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小さなレベルでの挑戦

佐藤 しかし、問題のなさそうな環境にいても、イノベーションは思いつくものでしょうか。

高岡 私は可能だと思っています。それには「新しい現実」を知ることが重要です。「新しい問題を連れてくる」という表現もしているのですが、たとえば今、自動運転が注目されています。自動車は明らかに20世紀を代表するイノベーション。その「自動車」というイノベーションによって「新しい現実」が生じた結果、大きな問題として「交通事故」が生まれたと思っています。

佐藤 そうですよね。

高岡 ですから、本当のイノベーションとは、「交通事故」を解決することなんです。それには、AIを使ってボタンを押すだけで誰も運転せずとも空を飛ぶ、ドローンみたいな自動車ができることです。一番安全で、交通事故もない。これができたら本当の意味でのイノベーションです。みんなが最初から諦めている、そもそも何が問題かも認識していない、そういう問題を見つけるノウハウが全くない。だから私はそれを伝えたかった。「まずは新しい現実を見てください」と教えています。ただ、新しい問題を見つけて自分でソリューションを考えたとしても、次に大きな問題が待ち受けている。大組織であれば役員を、スタートアップ企業ならば投資家たちを説得しないといけない。その“説得する”のがなかなか難しいわけです。

佐藤 企業は一種の有機体ですから、免疫ができている。新しいことをしようとすると抵抗がある。

高岡 諦めている問題を仮に発見できたとしたら、そのソリューションを小さいレベルで検証することです。要するに、やってみないとわからない。ネスレという巨大な組織の中で、日本でイノベーションができたのは、私が本社には内緒で小さなレべルでやったから。たとえば、先ほどのバリスタをテスト販売したようなことです。

佐藤 なるほど。

高岡 私の権限の中でやっているから、失敗しても怒られない(笑)。大企業の経営幹部はイノベーションの経験がなくて出世した人ばかりです。誰もイノベーションを見極めることはできない。だから自分の範囲の中でテストをして、うまくいくかどうかを見せるしかない。そうやって説得していくプロセスがないと、特に大企業の場合では認められないし、イノベーションは全く起こらない。仮に社長が「それ面白い、やってみろ」と言っても、失敗することが99%です。そこで責任を取らされるとみんなが萎縮してしまう。そういった意味ではイノベーションを起こしていくために、どのようなプロセスを取っていくのかも重要です。

佐藤 少し組織に余裕があって、いたずらするくらいの感覚でやる。

高岡 本当にそうだと思います。

佐藤 結果が出ないときは、それなりの責任を取るんだけども、“それなりの”で済んで、再起ができるくらいの責任の取り方にする。

高岡 私はネスレ社長時代に「イノベーションアワード」という取り組みを始めました。社員が考えたイノベーション案を審査して、ネスレ日本として取り組めるものがあれば、実際のビジネスで運用する。全ての社員からアイデアを募りました。というのは、「イノベーションを思いつくような問題発見能力のある人は、学歴や仕事ぶりとは関係ないんじゃないか」という私の仮説があったから。仮説は見事に当たりました。アワードのグランプリ賞金100万円をもらった人たちの人事評価を見ると、ハイパフォーマーは10%もいなかった。確かに高学歴な優等生はそつなく仕事ができるのですが、尖ったことをやれるかというと……。

佐藤 むしろ尖ったことをやらないできたから、出世してこられたのではないでしょうか。その成功体験から抜けだすのは難しい。

高岡 逆説的なんですよね。だからこの「イノベーション道場」の卒業生の中から将来日本を代表するようなイノベーションが生まれたら、どんなにすばらしいか。それが自分のキャリアとしての最後の夢なんです。

佐藤 その夢を私も応援したいと思います。

高岡浩三(たおかおかこうぞう) ケイアンドカンパニー代表取締役社長
1960年大阪府生まれ。83年神戸大学経営学部卒。同年ネスレ日本入社。2005年ネスレコンフェクショナリー代表取締役社長。10年日本人社員として初のネスレ日本代表取締役兼CEO就任、14年「ネスカフェ アンバサダー」で日本マーケティング大賞を受賞。20年3月退社。その傍らケイアンドカンパニーを設立し、17年5月より現職。

週刊新潮 2022年7月28日号掲載

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