新しい「現実」を見据えてイノベーションを起こす――高岡浩三(ケイアンドカンパニー代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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問題を発見する能力

佐藤 高岡さんのこれまでのインタビュー記事や近著の『イノベーション道場』を読んで感じたのは、50代の後半ぐらいから、後進の育成にエネルギーを移されていますよね。

高岡 そうですね。私が社長になったのは2010年ですが、当時は20年以上ネスレ日本の業績は右肩下がり。要するに、インスタントコーヒーのネスカフェが飲まれなくなってきていた。

佐藤 そこで、すごかったのは2009年に発売された「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」です。そして社長になってからは「ネスカフェ アンバサダー」を成功させます。これはコーヒーマシンを無料で企業の職場などに貸し出し、アンバサダーと呼ばれる職場の方が抽出用カプセルを購入して自主的に管理するという方式です。アンバサダーは無報酬にもかかわらず、会員数が爆発的に伸びて話題になりました。右肩下がりだったのを急上昇させるには、特別なエネルギーがいるものです。

高岡 バリスタは、スイスから反対されたんです。スイス本社は、「インスタントコーヒーはスプーンでかき混ぜるもの」で、それを「機械でやるなんてことはあり得ない」という考えだった。試作品を作って、実際にテスト販売をしたら、そこそこ売れたので、ゴーを出してもらい、大ヒットにつながりました。でも、自分はたまたま成功したけれど、自分の後はどうなるんだと考えてしまう。

佐藤 要するに“余人をもって代えがたい”というのはマズいと考えられたわけですね。

高岡 そういう考えはありました。ネスレの中でも“リーダーたるものは自分の後任を作ってなんぼだ”という考え方がありました。だから私の中では「自分の後を継げる日本人を作る」というのが一つの課題でした。イノベーションを起こせるような人材を育てる学校を社内で作って、執行役員候補を鍛えることにしたんです。その発展した形が書名にもなった「イノベーション道場」で、現在は一般向けに開講しています。

佐藤 私にも小さな経験があるんですけども、ロシアの情報を集めたり分析したりするノウハウをどう伝えていくか。外務省の中では、少人数のチームを作って、そこで情報に関する特別な訓練をしていた時期がありました。結局は、個人が伝授していく形でないとできない。

高岡 だけど、自分のコピーを作ろうというわけではないんです。

佐藤 コピーになろうとする人は、だいたいダメですよね。

高岡 おっしゃる通りです。ネスレでは、社長というポジションを引き継ぐ時には、前任者を否定できる人間でないと選ばれない。そこが日本の企業とえらく違う。だから、私の持っているノウハウを説明しながら伝えて、自分で新たなものを作り出せる人材が出てきた時に、自分は身を引こうと思っていました。

佐藤 いま、高岡さんの関心はどの辺にありますか。

高岡 現在、私の会社では6社クライアントを抱えていて、ビジネスプロデューサーのような仕事をしています。しかし、一番関心があるのは、ビジネスのプロデュースや「イノベーション道場」を通じて、自分のノウハウを次の日本にどう引き継いでいくのか、そこですね。それが私のセカンドキャリアの仕事だと前職の時から思っていましたから。

佐藤 高岡さんの考えるイノベーションの定義を説明していただけますか。

高岡 ネスレの中でも実はイノベーションの定義がなくて「イノベーション&リノベーション」という言葉を言い続けてきた。私が本社の役員になった時に、社長も会長もいる前で「イノベーション、リノベーションと毎日言っていますけど、この表の中の製品で、どれがイノベーションでどれがリノベーションか教えてくれ」と尋ねたことがあります。私の中にはどれ一つとしてイノベーションに思えるものがなかった。私の質問には答えてもらえなくて、「それをお前が考えろ」と言われた。私の定義では、「顧客が解決できるはずがないと諦めている問題」を解決するのがイノベーションです。マーケティングで「消費者が何を求めているのか」調査して、製品を改善するのはリノベーション。日本は戦後、リノベーションばかりやってきて、イノベーションはほとんどやってこなかった。

佐藤 高岡さんはネスレ時代にいくつかのイノベーションを行っていますが、バリスタについて、このようなことを言っています。「一家だんらんでコーヒーを飲むことがなくなり、1杯ずつコーヒーを飲むようになってきた。1杯のためだけにお湯を沸かすのも面倒くさい。1杯ずつコーヒーを飲むことを諦めていた顧客の課題を解決したのがバリスタだ」と。

高岡 そうですね。オーナー経営者はともかく、任期の短いサラリーマン社長だとなかなかイノベーションを起こせない。私はそれをサラリーマン生活の中でやれた。逆に言うとスタートアップ企業でなくても、大企業の中でもイノベーションはやろうと思えばやれるということです。イノベーションにとって一番大事なのは、その問題の“発見能力”です。日本では問題解決能力ばかりが重視されるんです。

佐藤 大事なのは、問題をつくる、問題を見出すということですね。

高岡 おっしゃる通りです。私は日本でもイノベーションできる人材を作っていかないと、この国の将来がもたないなと思っているんです。

佐藤 それは日本にとって本当に大きな問題だと思いますね。

高岡 「イノベーション道場」を主宰して1年半になります。1期半年でひと月に1回3時間、30名ほどに講義しています。今で3期目に入っています。他にもマンツーマンで教えている人たちが15名ほど。ただ偏差値教育の弊害だと思うんですが、講義していて一番感じているのは、答えがあることに関してはみなさん優秀です。ところがイノベーションなんて答えがない世界です。

佐藤 そうですね。

高岡 それで、みんな“how to”を聞いてくる。「どうやったら問題を発見できるんでしょうか」「コツは何でしょうか」とか。こんなふうに考えるのは、日本人だけです。私がなぜ「イノベーション道場」というように「道場」と名付けたかというと、鍛えて考えさせたいからなんです。

佐藤 そこそこの難関大学でも、「大学生は何をなすべきか」というような講演を私に頼んでくる。そんなのも日本だけです。要するに「何をなすべきか」を考えないで大学に入ってくるような学生は他の国ではありえないですから。

高岡 ネスレ社内でも、私のイノベーションの理論を説明してくれと言われて、世界中あちこちで話しています。明らかに違うのは、外国人はそんな“how to”の質問などしてこないんです(笑)。

佐藤 日本人は禅の公案みたいな問題を解いて、考え抜く習慣を身に付け、もう少し頭を柔らかくしないといけない。

高岡 日本人は総じて頭がいい国民だとは思うんですけど、自分で考えようとしないですね。そこが根源的な問題です。今回のコロナにしてもそうですが、誰かが決めてくれなければマスクも外せない。そこに危機感を覚えるんです。

佐藤 高岡さんのイノベーションに関するノウハウや、「顧客が諦めている問題」とは何なのか、もう少し詳しく説明してもらえますか。

高岡 私はイノベーションにいたるプロセスの発想をNRPS法と名付けています。まず「新しい現実(New Reality)」を認知し、そこから導きだされる「顧客が諦めている問題(customer's Problem)」を発見し、その「問題」を「解決(Solution)」する。この頭文字を取ってNRPSと名付けました。重要なのは、“諦めているような問題”をどうやって見つけていくのか。「eコマース」を例にあげますと、20世紀はモノを買う時には小売店に行かないといけないと思い込んでいた。ところがアメリカと中国で「Amazon」と「アリババ」が誕生した。あの両国は日本やヨーロッパとは違って、圧倒的に面積が広大で人口密度が低いから、買い物するにしても近くに店がない。これが“諦めている”なんです。店がないなら、逆に届けてもらえばいい。倉庫だったら全部がある(笑)。そういうところから実はイノベーションは生まれてくるわけです。

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