評判ガタ落ちの生稲晃子議員 後ろ髪ひかれ隊、ソロデビューに見る生き方が今後のカギ

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「うしろ髪ひかれ隊」

 この件を巡って、生稲陣営はテレビ東京に事実無根と抗議しているのだが、その内容は後で触れる。重要なのは、抗議したにもかかわらず、生稲氏への評価が回復していないことだ。

 女性自身(電子版)は7月20日、「参院選『期待できないタレント議員』ランキング…批判続出の生稲晃子を抑えた圧倒的1位は?」の記事を配信した。

「この記事で生稲氏は、『期待できないタレント議員』として2位にランクインしてしまいました。その理由としては『自分の言葉で何も語れない』など、政治家の資質を疑問視する意見が多かったようです。やはり、すべてのテレビ局の選挙特番に一切出演せず、自分の言葉で語ることを避けた、それが致命傷になったことがよく分かります」(同・記者)

 ところが、「時間がたてば生稲さんへの“支持”は回復すると思います」と予想するのは、冒頭で紹介した民放キー局の関係者だ。

「ご記憶の方も多いと思いますが、生稲さんはおニャン子クラブに在籍していた1987年、工藤静香さん(52)、斉藤満喜子さん(51)と『うしろ髪ひかれ隊』を結成しました。デビューシングルの『時の河を越えて』がヒットし、3人は一気にスターダムにのし上がったのです。彼女が芸能界でどう生き延びてきたのかを振り返ると、“政治家・生稲”の今後も見えてくると思います」

「地頭がいい」

 ちなみに、工藤静香は2000年に元SMAPの木村拓哉(49)と結婚。斉藤満喜子氏は1998年に「スジャータ」のブランドで知られる「スジャータめいらくグループ」社長と結婚し、今は芸能界から距離を置いている。

 キムタク夫人、有名企業の社長夫人、そして参議院議員──と、うしろ髪ひかれ隊の3人は、なかなか数奇な人生を送っているのだ。

 話を元に戻せば、おニャン子クラブが解散してからは、工藤静香の存在感が圧倒的だった。だが、生稲も地道に芸能活動を続けた。

「生稲さんは学業にも力を入れ、高校卒業後は恵泉女学園短期大学に進みました。元おニャン子は高卒の人が多く、短大卒は珍しい。今回の参院選では、SNSなどで生稲さんをバカ呼ばわりする投稿も目につきました。ただ、一緒に仕事をしたスタッフの間では『地頭がいい』と評価されていたことは、ここで言っておくべきだと思います」(同・関係者)

 うしろ髪ひかれ隊の活動が休止となると、生稲氏も歌手としてソロデビューした。だが、早々に“壁”にぶつかったという。

「生稲さんは『ダンスが下手なうえに音痴だったので今でも恥ずかしい』と言っていて、自分のことをしっかり分かっているんだなと感心しました。実際、彼女は歌の世界からは離れ、ドラマやバラエティ番組への出演にシフトしました」(同・関係者)

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