NMB48本郷柚巴、「胸はコンプレックスでした」 夢を叶えた“グラビア解禁1年半”の軌跡

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 渋谷の書店で行われた初写真集「美しい果実」の発売記念イベント。NMB48の本郷柚巴(19)は名前と同じゆず色のワンピースでテレビ、新聞など合わせ30人ほど集まった取材陣の前に現れた。本郷は雑誌のグラビアと変わらぬ愛くるしい笑顔を見せたものの、その奥には少し緊張がのぞいた。【徳重龍徳/グラビアアイドル評論家】

 囲み取材が終わった直後、取材のために本郷の楽屋を訪れると、安堵の表情を浮かべていた。

「以前よりは自信はついているんですけど、やっぱりマイナス思考に考えちゃう部分があって。こんな私1人のために、記者さんが暑い中に時間を割いて来てくださってるのがすごく申し訳なくて。ありがたいことなんですけど」

 愛くるしい童顔と、迫力のバスト、美しいくびれを武器に、今年に入って表紙を飾った雑誌は10誌を超える。いまや“グラビアクイーン”と呼ばれる売れっ子だが、当の本人はその人気に恐縮気味で、まだ自信へとつなげるまでには至っていないようだ。グラビアデビューからまだ1年半も経っていないのだから、それも仕方のないことだった。

グラビアをしていなければNMBをやめていた

 本郷がNMB48に加入したのは2015年、12歳の頃だった。憧れのグループに入った少女の目の前には希望だけが見え、自信にもあふれていた。

 ただ、アイドルグループの新陳代謝は早い。なかなかグループ内で目立てないでいる中、新たにフレッシュな後輩が次々と現れていく。光がなかなか当たらない日々は、無邪気な自信を波のように徐々に削いでいった。

「同期が普通にシングル選抜に入って、そこから常連でずっと選抜に入り続けている姿を見たり、後から入ってきた後輩が普通に選抜に入るのを見たとき、『自分って、まだまだやったんや』とすごい思い知らされて。それまでは自分が!という思いだったんですけど、だんだん『自分はあんま前に出たらあかんな』と思い始めて......。いつのまにか、まず後輩を先に前に出した方がいいと、自分を後回しにしていました」

 グループからの卒業も何度も考えたが、その度に親やマネージャー、メンバーたちに引き止められた。

「須藤凜々花さんはドラフトの時から、私に注目してくださっていて。須藤さんに卒業をしたいと話をした日に『今日、夜ご飯行こう』って誘ってくれはって、そこで『絶対やめない方がいい』と言ってくれました。木下百花さんは、私が卒業したいと弱音を吐いたその日の公演で卒業発表をされて、終わってから『ゆず。卒業発表は、こうやってするんやで…』と言ってくださったり。何か周りの方にずっと止められてきました」

 現状を打開しようと、ギターの弾き語り配信を行ったこともあった。だが努力は既存のファン以外にはなかなか届かなかった。状況は打開できず、シングル選抜にも選ばれない。加入した頃小学生だった少女は、いつしか高校を卒業する年齢になっていた。

 アイドルを続けるのか、他の道に進むのか。高校卒業のタイミングは、アイドルにとって決断の時期でもある。

「正直、高校を卒業するタイミングでNMBを卒業しようと思ってました。だから、グラビアをしてなかったら、やめていたと思います」

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