【櫻井よしこ氏特別寄稿】「人間じゃない、たたき斬ってやる」への気持ちを語った安倍総理

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緊張感があった理由

 安倍氏は存分に自分の想いを語ったが、それでもこの日の「言論テレビ」に安倍氏は不満だったと思う。私が番組の締めで、安倍氏の課題に憲法改正があると語ったからだ。

 ただでさえ難しい平和安全法制に取り組んでいて、もう1、2週間で法案が成立しようかという大事なときに、私はそれよりもっとハードルの高い憲法改正を安倍政権の課題として持ち出した。ひとつひとつ結果を出さなければならない政治家にとっては私の問題提起は余計なお世話だった。

 一方、個々の政策の背景にも言及して問題提起するのは、言論人としての私の役割でもある。そして私は時に妥協を許さず、問い詰めすぎる嫌いがある。安倍氏と私の関係は基本的に友好的であるが、常に一種の緊張感があった理由である。

 安倍氏と私は確かに同じ方向を向いていた。「日本を取り戻す」と叫んだ安倍氏の気持ちは深く理解できていると思う。けれど、個々の政策になると、微妙な相違も生まれるのだ。対ロシア外交においても、対中外交においても、大きな方向は同じであるのに、眼前の政策については違いがあった。その都度、私は質し、安倍氏は答えた。

私は日露首脳会議については評価できなかった

 2016年12月、首相の地元・山口県長門市と東京で日露首脳会談が行われた。結論から言えば平和条約締結にも北方領土の帰属問題にも進展がないまま経済プロジェクトが先行した。私はこの首脳会談を評価できなかった。

 18年9月、ウラジオストクの東方経済フォーラムでプーチン氏がいきなり無条件で平和条約を締結しようと言い始めた。ロシア側の思惑は二つの条約を日本に提示することだった。一つ目の条約で平和と友好、協力を定め、その条約を基礎に、後で国境に関する二つ目の条約を結ぶという戦略だ。

 日露交渉の歴史には日ソ共同宣言、東京宣言、クラスノヤルスク合意、川奈提案、イルクーツク声明など、四島返還要求を貫くための苦労が刻まれている。その歴史を一気に飛び越して、小さな島二つの返還にとどまる日ソ共同宣言に逆戻りするのかと、私は懸念した。

 安倍氏は四島の要求を続ける限り北方領土問題は動かないこと、島民の方々の高齢化などを語ったうえで、わが国は中露両国を相手にしなければならないとも言った。

 中国とロシアが手を結べば、日本にとって最も困難な状況が生まれる。ロシアが衰退し中国の力が増強する中で、安倍氏はロシアを中国側に押しやらない戦略を考えていたのだ。

 こうした大戦略の前では、四島か二島かの議論の重要度は相対的に下がる。地政学的大戦略はロシアのウクライナ侵略戦争で潰えたが、安倍氏はユーラシア大陸全体、中露双方を睨み、その大きな枠組みの中に北方領土問題を置いていた。卓越した戦略だと思う。

後編に続く)

櫻井よしこ(さくらい・よしこ)
ベトナム生まれ。ハワイ州立大学歴史学部卒業。「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙東京支局員、日本テレビ・ニュースキャスター等を経て、フリー・ジャーナリストとして活躍。著書に『何があっても大丈夫』『日本の覚悟』『日本の試練』『日本の決断』『日本の敵』『日本の未来』『一刀両断』『問答無用』『言語道断』(新潮社)『論戦』シリーズ(ダイヤモンド社)『親中派の嘘』『赤い日本』(産経新聞出版)などがある。

週刊新潮 2022年7月21日号掲載

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