価値観のアップデートを感じるドラマ「今度生まれたら」 最大の長所は「若い世代の描き方」?

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 大手企業勤務、有能でエリート、出世頭と思ってつかまえた夫が、酒の失敗でラインから外れて早期退職。本人はのんきなもので、趣味の山歩きを楽しんでいる。細々と翻訳の仕事をしているが、日に日にケチくさくなっていく。妻の自分はわざわざ家から離れたスーパーでパート勤務し、「こんなはずじゃなかった」と後悔する。「頭のいい女は嫌われる」と思い、4年制ではなく短大へ進み、専業主婦の道を選んで生きてきたものの、70歳になって自分には何もないことに愕然とする。愚痴と後悔と責任転嫁する気満タンだが、なんだか可愛い松坂慶子主演の「今度生まれたら」の話である。

 これ、基本は3世代2家族が結構大きな転機を迎える物語で、渡鬼よろしくウエットになるかなと思ったが、あそこまでの湿度と粘度はない。セリフは長めだが、ちゃんと世代の差が反映されている。渡鬼は老いも若きも全員が高齢者特有の物言いだったからね。今のご時世ウケが悪いホームドラマで、しかも主軸が皆高齢。でも、アップデートされているのよ、価値観が。

 夫役は風間杜夫。こうるさいインテリだが憎めない。長男は大企業勤務の山中崇、次男は山奥でギター工房を営む自由人の毎熊克哉。長男には賢い娘(伊礼姫奈)もひとりいるが、嫁の河井青葉は諦めていた夢(カフェ経営)を追うことに。長男夫婦は話し合いの末、「別居」生活をスタートさせる。

 もう一つの家族は、慶子の姉(藤田弓子)一家だ。夫は長年工場で勤務してきた平田満。裕福ではないが、仲のいいオシドリ夫婦。一人娘(須藤理彩)は運送屋の夫(宇野祥平)と娘(佐々木春香)と暮らすが、頻繁に実家を訪れてだべっていく。

 ところが、だ。平田は同級生(ジュディ・オング)と懇ろになり、老後は彼女と暮らしたいと宣言。熟年というか老年離婚へ。意外とあっさり淡々と描かれるところが現実的。藤田は別れのあいさつに行き、「引き継ぎ終了!」と潔く夫を託すのだ。

 家族の別居・離婚ときて、もうひとつは詐欺被害。風間は貯めていた老後資金1千万円強を仮想通貨で溶かしてしまう。怒り狂った慶子は過去の恨みつらみを家族の前でぶちまけるも、息子や孫からは「気持ち悪い」「自分のことばかり」と逆に総スカンを喰らうのだ。

 慶子が愚痴と後悔まみれで責任転嫁に至ったのにはワケがある。同世代の人気敏腕弁護士(風吹ジュン)が活躍しているのを目の当たりにしたり、若かりし頃に自分がフッた後輩(青木柚→小倉一郎)が世界的に高名な造園家になっていたり。自分は「何も持たないどこにでもいるありきたりな一般婆さん」と突き付けられる焦燥感。自分が主語でない人生を送ってきた人の面倒臭さたるや! ただし、賢くて毒舌な孫娘たちが救いだ。男を見る目は厳しい。旧世代の結婚観や価値観を批判しつつ、両親や祖父母の転機を静観。意外と寛容でもあり。若い世代を頼もしく描いた点が最大の長所。

 世間体や体裁を気にする割に愚痴と不満を抱えて生きてきた中年と老人に、猛省を促す話でもあるのよね。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2022年6月30日号掲載

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