中日・根尾昂は続けるか? 野手から投手に“挑戦”した選手たち、「拒否すれば現役は終わり」と言われた人も

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イチローは「オールスター」で投手デビュー

 中日・根尾昂が5月21日の広島戦で投手としてデビューし、大谷翔平(現・エンゼルス)に続く二刀流として注目を集めている。遊撃手兼投手だった大阪桐蔭高時代に、甲子園で最速148キロを記録した根尾は、前出の広島戦、2度目の登板となった同29日のオリックス戦で、いずれも最速150キロをマーク。「球筋が野手のそれじゃない」とファンを驚かせ、「本格的に投手に転向すべき」の声も上がっているが、過去にも野手としてプロ入り後、マウンドに上がった選手がいた。【久保田龍雄/ライター】

 オールスターで「投手デビュー」を飾ったのが、オリックス時代のイチローである。1996年7月21日のオールスター第2戦、9回2死無走者、打者・松井秀喜(巨人)という場面で、全パ・仰木彬監督はライトを守っていたイチローをマウンドに送った。

 愛工大名電高時代にエースで4番だったイチローは、前年のオールスターのスピードガンコンテストでも146キロをマークしていた。「投手・イチローvs打者・松井」という夢の対決実現にスタンドから歓声が上がった

 しかし、全セ・野村克也監督は「格式の高いイベントを冒とくしたと解釈した。松井君はセントラルを代表する打者。打てばご愛嬌だが、打ち取られたとき、彼のプライドは傷つく」として、投手の高津臣吾(ヤクルト)を代打に送った。

 歓声がため息に変わるなか、イチローは高津を遊ゴロに打ち取り、ゲームセットとなったが、「代打を出されるのは予想していましたが、僕も本職じゃないですから。気持ちのいいのと悪いのといろいろです」と複雑な表情だった。

 NPBでは、オールスターでの打者1人で終わったイチローだが、マリナーズ時代の2015年10月4日のフィリーズ戦で8回からリリーフし、1回を打者5人2安打1失点。42歳にして最速89マイル(約143キロ)を記録している。

「野手から打ったのは初めてだよ」

“投手イチロー”を演出した仰木監督は、近鉄時代の89年のオープン戦で夏の甲子園優勝投手・金村義明を登板させ、オリックス時代の00年にも五十嵐章人を敗戦処理登板で、NPB史上2人目の全9ポジション制覇を達成させるなど、野手を登板させた事例に事欠かない。

 97年には、プロ3年目の外野手・嘉勢敏弘を投打二刀流として開幕1軍入りさせ、4月18日の日本ハム戦の7回にプロ初登板のマウンドに送った。

 最初の打者は、巨人から移籍してきた落合博満だった。初球、内角をえぐる135キロにのけぞった落合は、露骨に顔をしかめて、嘉勢をにらみつけると、貫禄の違いを見せ、1回もバットを振ることなく四球で一塁へ。

 そして、8回2死二、三塁での再対決は、前の打席でコントロールを乱した嘉勢が初球からストライクを取りにいくと、落合は「待ってました」とばかりにボールを軽くバットに乗せ、左翼席に移籍第1号のダメ押し3ラン。「いやあ、長いこと野球やってるけど、野手から打ったのは初めてだよ」と振り返った。

 一方、「40歳を過ぎて現役で……。落合さんはスゴイですよ」と脱帽させられた嘉勢は、その後、貴重な左腕として投手に専念し、01年には自己最多の70試合に登板。実働6年で3勝7敗を記録した。

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