EUのロシア産原油禁輸は自分のクビを絞めるだけ 戦費を枯渇させるという思惑はなぜ外れたか

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 欧州連合(EU)は6月2日、ロシア産原油の大半を輸入禁止にする措置を正式に承認した。輸入の3分の2を占める海上輸送分は6ヶ月以内に禁止される。3分の1を占める陸上パイプラインによる輸送分は禁輸の対象外だが、ドイツとポーランドが原油輸入に利用しているパイプラインを稼働停止にすることで今年末までにロシアからの原油輸入量を9割削減する計画だ。

 昨年末のロシア産原油の輸出先の6割(日量約300万バレル)はEU向けだった。ロシアの4月の原油輸出収入は190億ドル(約2兆4300億円、うち4割以上がEU)であり、ウクライナ侵攻以降にEUがロシアから購入した原油代金は約300億ユーロ(約4兆1000億円)に上るという。

 今回の措置でロシアへの支払いを年間880億ドル(約11兆3000億円)減らすことができ(6月1日付日本経済新聞)、「ロシアの戦費を枯渇させることができる」とEUは豪語しているが、はたしてそうだろうか。

 今回の禁輸の対象外となったドルジバ・パイプラインによる原油輸出量は2018年以来の高水準になっている。本格的な禁輸が始まる前にできるだけ備蓄しようとする動きがEU各国で強まっているからだ。「禁輸で原油高を後押しし、ロシア産原油を追加輸入するようではロシアを利しているようにしか思えない」との嘆き節が聞こえてくる。

ロシア側は「安堵」

 一方、ロシア側からは「今後半年でアジアの新たな顧客に輸出を切り替える時間的余裕が得られた」と安堵する声が伝わってきてくる。

 今回のEUの禁輸はロシアにとってたしかに痛手だが、割安なロシア産原油はアジアを中心に新たな輸出先を見つけつつある。中でもインドの「爆買い」ぶりはすごい。5月のロシア産原油の輸入量は日量80万バレルを超え、前年の約10倍に急拡大している。

 ロシア産原油の取引の担い手も変化しつつある。ロシア産原油の取引を大手業者が手控えていることを尻目に、無名の商社が高額の利益が見込めるとして輸送を積極的に引き受けている。ロシア船籍のタンカーによる輸送も急増しており、ロシア産原油の輸出量は着実に回復しているとの見方が強まっている。

 原油輸出量(ウクライナ侵攻前は日量約500万バレル)が大幅に減少したとしても、原油高が続いている限り、ロシア側は大きな打撃を受けることはないだろう。

 これに対し、EUはロシア産原油の代替として、北アフリカや西アフリカ、中東産原油の輸入拡大に取り組んでいるが、域内の消費者が深刻な打撃を被る懸念が生じている。

 ロシアのノバク副首相は6月2日「今回の禁輸措置により、EUで大規模な石油製品の不足が発生する可能性がある」と警告を発した。

 IEAのビロル事務局長も5月31日「夏が近づき、欧米で燃料(ガソリン、ディーゼル、灯油など)不足の危機が発生する可能性がある。原油だけでなく石油製品も輸入に頼っている欧州ではその傾向が顕著だ」と指摘している。

 今回の禁輸措置の中に「ロシア産石油製品の輸入を8ヶ月以内に停止する」ことも盛り込まれているが、原油とは異なり、ロシア産に変わる新たな調達先の目途は立っていない。

 西側諸国で足りないのは原油よりもむしろ石油製品だ。「脱炭素」の動きが加速する中、油田開発などの上流部門の投資不足は認識されるようになってきたが、石油製品を生産する下流部門でも投資不足による悪影響が顕在化していることが背景にある。

 世界の石油精製能力はコロナ禍以降、日量200万バレル減少したが、この傾向が最も顕著なのは欧州であり、コロナ禍の頃から深刻なディーゼルの供給不足に悩まされてきた。

 EU域内で操業するロシア資本の製油所のシェアはEU全体の1割に上る。今回の禁輸でロシア産原油を調達できなくなれば、これらの製油所は稼働停止に追い込まれる可能性が高い。原油から石油製品を作り出す際に不可欠な減圧蒸留装置や中間生産物がロシアから輸入できなくなることから、EU域内の燃料危機のリスクは高まるばかりだ。

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