ポスト「鬼滅」の大本命 「SPY×FAMILY」大ヒットに導いた“ワクワク”させる大仕掛け

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制作サイドの尋常ならざる気合い

 アニメーション制作にWIT STUDIOとCloverWorksという有力スタジオを持ってきたのもそのひとつ。両スタジオとも、現在のアニメ業界の状況を見渡せば、制作依頼は引く手あまただろう。その中でスケジュールを合わせブッキングするだけでも、かなり大変だったことが想像される。

 コラボレーションや関連企画も当初から多彩に用意されていた。コラボカフェや「一番くじ」などの各種派生商品に加え、主題歌オープニングにOfficial髭男dism「ミックスナッツ」、エンデイングには星野源「喜劇」といった大物アーティストを起用した。

 5月に発表された舞台化決定も驚かされた。アニメと舞台化を同時に展開するのは、最新のメディアミックスとしていまや定着しつつあるが、本作は帝国劇場で東宝が上演。東宝の主力劇場での舞台化という点だけでも相当力が入っており、さらにアニメ化と連動させるとなるとかなりの調整が必要だったはずだ。そもそも放送開始のかなり前からアニメが話題になることを見越していなければノレない案件だ。東宝は製作委員会の主要メンバーだが、ここからも『SPY×FAMILY』で大きな勝負に打って出たことが分かる。

 製作サイドの力の入れようは、東宝に限らない。テレビ放送の中心となるテレビ東京も同じである。今年3月のテレビ東京の社長会見で、『SPY×FAMILY』について面白いやりとりがあった。

 同アニメ放送に先立ち、渋谷・スクランブル交差点の街頭ビジョンで展開されたジャック広告についての質疑だ。「テレビ東京はPRを大変慎ましくやっているイメージがあったが?」との質問に対し、石川一郎社長が「テレビ東京のこれまでのプロモーションからすると、コストは相当突出しています」と答えたのだ。破格の広告出稿は作品への期待とビジネスの大きさを示している。

最初から大ヒットを狙っていた?

 テレビ東京の同アニメの放送時間枠が毎週土曜日の夜23時であることにも注目したい。週末の土曜夜は、多くの人がゆっくりと視聴できる時間帯で、期待作に相応しい。

 しかし同時間は、アニメ番組に限るとあまり一般的でない。アニメはキッズ向けとヤングアダルト向けでジャンルが大きく2つに分かれ、それに応じて放送時間枠も決まる。キッズアニメであれば夕方か週末の朝、ヤングアダルト向けであれば深夜24時やさらに遅い時間帯だ。

『SPY×FAMILY』の放送にあたり、テレビ東京は土曜夜の人気の時間帯に新しいアニメ放送枠を新設したことになる。そこからは深夜アニメでも、キッズ向けでもない、大人の一般層をターゲットにしていることが分かる。

 つまり同アニメのヒットの最大の理由は、当初からこの「一般大人層」をターゲットに狙いを定めて戦略を立てたことにあるのではないか。ここ1~2年、『鬼滅の刃』(第1期)や『呪術廻戦』といった深夜アニメがサプライズ・ヒットを飛ばし、一般層の支持まで獲得する作品が続いた。

 先行する成功事例に学び、企画のスタート時から一般層をターゲットにした国民的人気アニメを目指す。そのための大きな枠組みと大仕掛けのビジネスを描く。そして『SPY×FAMILY』には、それを実現するのに十分なストーリーとキャラクターが用意されていた。

『SPY×FAMILY』の大ヒットの理由とは“大ヒットを最初から狙った”こと。入念なプランを描き、それを見事に結実させたこと――。アニメ『SPY×FAMILY』の凄さは、そこにあると考えられる。

数土直志(すど・ただし)
ジャーナリスト。メキシコ生まれ、横浜育ち。アニメーションを中心に国内外のエンターテインメント産業に関する取材・報道・執筆を行う。大手証券会社を経て、2002年にアニメーションの最新情報を届けるウェブサイト「アニメ!アニメ!」を設立。また2009年にはアニメーションビジネス情報の「アニメ!アニメ!ビズ」を立ち上げ、編集長を務める。2012年、運営サイトを(株)イードに譲渡。2016年7月に「アニメ!アニメ!」を離れ、独立。

デイリー新潮編集部

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