ウクライナ侵攻で西側諸国の制裁からロシア経済を守った女性の正体

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ロシア中銀総裁の“試練”

 ロシア中銀は、通貨防衛のために導入した資本規制も緩和し始めている。

 ロシア経済を防衛するため最前線で活躍しているロシア中銀で陣頭指揮を執っているのはエリヴィラ・ナビウリナ総裁だ。

 ナビウリナ氏は1963年生まれ、モスクワ郊外の町で少数民族タタール人の労働者階級の家庭で育った。1986年にモスクワ大学経済学部を卒業した後、ロシア経済省などで経歴を積んだナビウリナ氏は、1999年にプーチン大統領の経済政策を策定するシンクタンクに加わった。政策チームの一員となり、プーチン大統領に経済政策の助言を行うようになったことで認められたナビウリナ氏は2013年6月、ロシア中銀の第6代総裁に任命された。インフレファイターとしてのナビウリナ氏の姿勢をプーチン大統領が評価したとされているが、今回の危機でその手腕が存分に発揮されたと言えるだろう。

 ナビウリナ氏は総裁就任直後から金融の自由化を強力に推し進め、2014年にルーブルの自由変動相場制への移行を実現させた。

 2015年にユーロマネー誌から「今年の中央銀行総裁」に選出されるなど欧米の金融業界から極めて高い評価を受けていたナビウリナ氏にとって、ロシアのウクライナ侵攻はかつてない試練となった。

 ルーブルの急落という緊急事態に直面して金融自由化を信条としてきたナビウリナ氏の政策は、資本規制導入による通貨防衛へと180度変わらざるを得なかったからだ。

 ナビウリナ氏はウクライナ侵攻に驚き、当初は辞任しようとしていたが、プーチン大統領は同氏の意向に配慮することなく3期目の続投を決定したと言われている。

 リベラル派の改革主義者とされるナビウリナ氏は公の場でウクライナ侵攻の是非について一切語っていないが、侵攻直後にロシア中銀のスタッフに対して「疑念は脇に置き、『ロシア経済を救う』という職務に焦点を当ててほしい」とのビデオメッセージを発したと伝えられている。

 自らの信念に反してロシア政府に仕えるナビウリナ氏にとっての当面の課題は、ロシア経済の立て直しであり、中でも中国との貿易拡大が焦眉の急だ。

 中国の在ロシア大使館は5月6日、中国人民銀行(中央銀行)とロシア中央銀行が決済システムの発展のために協力を深めていく方針を公表した。

 ロシア政府は中国との貿易額を2024年までに2000億ドルに増大させることを目標にしているが、西側諸国の制裁が中ロ貿易の阻害要因となっており、決済面での困難を解決しなければ、政府の目標は「絵に描いた餅」になりかねない。

 ロシア中銀は国際銀行間通信協会(SWIFT)に代わる決済システムを2014年から導入しており、このシステムの利便性の向上は急務となっているが、ナビウリナ氏にさらなる難問が待ち構えているようだ。

 プーチン大統領の最側近とされるパトルシェフ安全保障会議書記が4月26日付けの政府系新聞とのインタビューで「自国の金融システムの主権を強化するため、ルーブル相場を金やその他の商品価格と連動させることを検討している」ことを明らかにした。ロシアが3月下旬から天然ガス代金のルーブルでの支払いを要求していることが関係している。

 エネルギーや穀物の輸出大国であるロシアは金の生産大国でもある。毎年世界で採掘されている金の約10%はロシアで生産されている。

 ロシア中銀も通貨防衛策の一環として「6月30日まで金を1グラム=5000ルーブルで購入する」措置を一時導入していたが、ルーブルが急回復すると固定相場での金の買い取りを取りやめたという経緯がある。

 ナビウリナ氏は4月29日、ルーブル相場の金やその他の商品価格との連動について「まったく検討されていない」と述べている。金融自由化論者のナビウリナ氏にとって金や商品をアンカーとする通貨体制を構築することは、資本規制の導入以上に受け入れがたいものだということは容易に想像できる。

 だが、国際金融市場から閉め出されつつあるロシアに他に生き残る道はあるのだろうか。いずれにせよ、この難問を解決できる人物はナビウリナ氏をおいて他にいないだろう。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部

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