他人に家を乗っ取られる設定が妙にリアルな「ヒル」 地上波でもこういう作品が見たい!

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 以前観た映画のタイトルが思い出せない。確かアメリカの映画で、他人の家に忍び込んで、屋根裏やガレージで生活をする若者たちが登場。家の所有者夫妻は不仲で、殺人事件に発展、という話(だった気がする)。侵入と寄生を繰り返す若者を観て「家が広い外国なら、さもありなん。日本じゃ無理だな」と思った記憶がある。でも、鍵を持ち、居住者の不在時限定の侵入だったら? そんなスリリングな設定の「ヒル」が面白い。

 シーズン1の主演は赤楚衛二。夜勤バイト漬けの日々を送る青年・四宮勇気。朝帰宅すると、部屋に腹部を刺された金髪の男(柳俊太郎)が。病院へ救急搬送し、警察の事情聴取を受けるも、金髪男は「自分が四宮勇気で、コイツに刺された」とうそをつく。折しも、見知らぬ人の死体が家の中で見つかる事件が連続して起きていた。四宮は警察に疑われ、金髪男に名前も家も奪われて、逃亡する羽目に陥る。

 その後ゾーカ(吉川愛)に救われ、ヒルの心得と作法を教わる。ヒルとは、複数の家の鍵を持ち、留守中のみ侵入して生活する人のこと。食事や入浴、睡眠のために滞在。不法侵入と窃盗だが、意外と住人は気付かない。実際、金髪男はヨビと呼ばれるヒルで、四宮の部屋に寄生していたという。

 ヨビは残虐非道。ヒルに暴行・略奪・殺害と悪行三昧。ヒルではない、不動産屋のミロ(いい味出してる松澤匠)もなぜかヨビを守護神と崇拝し、凶行に加担。ヨビに仲間を殺されたゾーカは復讐を目論む。四宮もヒルとなり、ゾーカと共に動いて復讐を誓ったが……。

 設定はファンタジーでも荒唐無稽でもない。都会ではありうる生々しさがある。寄生する部屋の合鍵の作り方、合鍵の置き場所、住人の生活パターンの把握。一人暮らしの人が見たら戦慄するほど、ヒルの手口は巧妙だ。生活用品や食料の拝借は微量にとどめ、寝るのはその部屋の石鹸やシャンプーを使ってから(体臭でバレるから)。寝るためだけに家に帰る人も多いし、都会の集合住宅は住人同士でも無関心だ。寄生に気付かないというのは説得力がある。

 初回から現実味のある設定にぐいぐい引き込まれた。なぜ地上波ではぼんやりしたガキの恋愛や手垢のついたファンタジー、正義の善人限定のドラマしか作れないのか。新奇性ウエルカムの私としては、地上波でも想像力とGOサインの幅を広げてほしいんだけどな。

 設定も面白いが、警察が優秀で地上波ドラマのようにイラつかず見られるのもいい。小西真奈美も頼れる刑事で安心(相棒の利重剛(りじゅうごう)は惨殺されちゃったが)。

 なぜ彼らはヒルになったのか。居場所がないという共通項がある。家族や友人を頼れず、セーフティーネットからこぼれ落ちた人でもある。ヨビもゾーカも、そして四宮も。彼らの苛酷な背景は決して想像の産物ではなく、令和の現実だ。政治の失敗は国力を低下させ、絶望と貧困を招いたからな。

 坂口健太郎主演のシーズン2では、さらに他のヒルたちも登場。クライムサスペンスだが、根底に今の日本の闇を感じさせる作品だ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2022年4月21日号掲載

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