プーチン理論のデタラメ ウクライナ侵攻失敗ならロシア連邦が解体の危機に?

国際

  • ブックマーク

Advertisement

 多くの識者が指摘するように、ウクライナに侵攻したロシア軍は予想外の苦戦を強いられている。プーチン露大統領はなぜ、無謀とも思える軍事作戦に踏み切ったのか。「ウクライナ人とロシア人は歴史的に一体だった」というのがプーチン氏の論理だが、それはロシア自身を破滅させかねない“諸刃の剣”でもあるという。ロシア国内の民族事情に詳しいジャーナリストが、プーチン思想の危うさを解説する。

 ***

 私は長年、ロシアを中心とした旧ソ連圏で様々な取材活動を続けてきた。ロシアとウクライナのどちらの国にも友人がいるし、その中には両親それぞれの出身地がロシアとウクライナという人もいる。2月24日のプーチン氏の「宣戦布告演説」をライブ中継で聴いた時は、「大変なことが起きてしまった」と背筋が寒くなる思いをした。同時に、プーチン氏が語った侵攻の理屈には、大きな弱点があるとも感じた。

 2月24日のプーチン演説の要旨の第一は、

〈ウクライナは歴史的に存在しない。もしあるとしたら、それは作りだされた偽物だ>

 というものだ。プーチン氏の主張を要約すれば、「ロシアはもともと一つだったが、それをバラバラにする根拠(民族自決)を、権力を維持したい当時のソ連が作りだした。ソ連は無責任にもそれを放置したまま勝手に自壊し、その結果、ロシアとウクライナが分断されて現在に至る」ということになる。ここでは、ソ連時代をいわば“黒歴史”としている。

 プーチン氏によれば、まずロシア革命の際にレーニンが民族自決を宣言してロシアをバラバラの民族構成共和国にした。その後、スターリンが今の西ウクライナを、フルシチョフがクリミア半島と東ウクライナを付け加えてできたのが、現在のウクライナの国土だという。衝撃を受けたのは、開戦直後にロシアの国営放送に登場した地図だ。この地図によれば、中央の黄色部分が本来のウクライナで、他は全てロシア、あるいはソ連が「プレゼント」(地図中のロシア語表記も“贈答品”の意味)したものだという。プーチン氏は昨年7月にも、「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」という論文を発表している。今回の侵攻は、その理論の実践という位置づけなのかもしれない。

ロシア国内にいる2つの「ロシア人」

 ところが、この論理を追求すれば、ロシア国内にも思わぬ形で飛び火する可能性がある。実はロシア語には、「ロシア人」を表す単語が2つある。Russki(ルースキー)とRossiski(ロシイスキー)だ。前者はいわゆる民族的なロシア人のことで、後者はロシア連邦内に居住する住民(民族問わず)を指す。日本ではロシア人といえば金髪で青い目の白人を思い浮かべる人が多いが、ロシア連邦にはトルコ系のイスラム教徒であるタタール人や、モンゴル系、朝鮮系などアジア系の人々も多く暮らしている。約1億4400万人の人口を抱えるロシア連邦で、民族的なロシア人(ルースキー)は8割程度に過ぎず、残りの約20%は非ロシア系ロシア人なのである。

 プーチン氏がウクライナ侵攻の前提としての「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」を語る時、その「ロシア人」とは一義的には民族的なロシア人(ルースキー)を指している。だとすれば、ロシア国内に住むロシア人以外の200以上の民族(人口は合わせて数千万人)は、そもそも今回の戦争には関係がないことになる。

次ページ:歴史的一体性の説得力は…

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。