プーチンが柔道の聖地「講道館」を訪れた日 上村春樹館長が証言した“時間厳守で謙虚な一面”

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安倍首相が「精力善用」の書を献上

 2016年12月、山口県での安倍晋三首相との首脳会談で来日した際、プーチン大統領は懸案の北方領土問題について「ひきわけ」という日本語を使って、親日ぶりと柔道への敬愛を見せながら解決を探っていた。さらに、超多忙の合間を縫って再び講道館を訪れた。

「政府から、『急遽プーチン大統領がそちらに行く』と連絡がありました。まさか来ると思っておらず大慌てになりました。あの日は講道館の忘年会が予定されていたのですが、プーチン氏は、いつも大きく遅れて来るというのが定説なので、私は『時間になったら地下へのドアを閉めて忘年会を始めておいていいよ』と言っていたのです。ところが肝心の首脳会談には3時間も遅れたというプーチン氏が、講道館にはきっちり予定時間通りの午後6時に現れましたよ」と上村館長は振り返る。

 2017年9月に安倍首相がウラジオストクでプーチン大統領と会談した際、講道館が所蔵する嘉納治五郎師範の『精力善用』と揮毫(きごう)された書をプーチン氏に献上したことについて、批判的な報道もされた。しかし、上村館長は「あれは講道館の所蔵物ではなく、私が個人として頂いたもの。海外で道場を開いていた日本人指導者の方が、『何かの時に役立ててください』と、嘉納師範がシアトルで書かれたあの書をいただいたのです。安倍首相が極東経済セミナーでウラジオストクに行く時、外務省から『何か嘉納師範ゆかりの物をプレゼントしたい』と言われ、『講道館の物は差し上げられませんが、これは私個人の所有物ですから』とお渡ししたのです。プーチンさんは既に嘉納治五郎師範の50代と60代の頃の書を持っていたのですが、この時に渡した『精力善用』は70代の書で、すごく喜んでくれたと聞きました」と話す。

柔道強国ロシア

 コロナ禍前には、世界選手権などの場でも交流したことのある上村館長は、「プーチン大統領は私よりも1つ年下で、親近感がありました。政治の世界のことはわからないですが、柔道の場での彼の立派な立ち居振る舞いを見てきたので、今回の件は残念でなりません」とため息をつく。

 ため息はプーチン氏個人のことだけではない。ソ連時代からロシアは伝統的に柔道強国だ。現役選手時代の上村館長や山下会長にとって、セルゲイ・ノビコフ(モントリオール五輪重量級金メダル、ウクライナ人)やショータ・チョチョシビリ(ミュンヘン五輪軽重量級金メダル、グルジア人)などソ連勢がライバルとして立ちはだかった。山下氏が現役時代に鍛錬していた東海大学の創始者で総長だった松前重義氏(1901~1991年)は社会党の衆院議員でもあり、よく知られた「ソ連通」でもあった(だから山下氏が旧ソ連贔屓だとか、ロシア贔屓だと言っているわけではない)。

 上村館長は「ソ連が15の共和国に分かれましたが、それでもジョージアやカザフスタンなど一国でもものすごく強い。それが当時、全部集まってのソ連の代表でしたからね。仕方がないのでしょうが、柔道の国際舞台から強いロシアが消えてしまうなら残念です。柔道を愛した仲間として、何とかプーチン大統領に早く間違いに気付いてほしい」と痛切な願いを込めた。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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