プーチンが柔道の聖地「講道館」を訪れた日 上村春樹館長が証言した“時間厳守で謙虚な一面”

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 ロシアによるウクライナ侵攻で、国際オリンピック委員会(IOC)はロシアとベラルーシの役員などを国際大会から締め出すことを決議し、日本オリンピック委員会(JOC・山下泰裕会長)はこれを「全面的に支持する」と表明した。これより先、先月27日に国際柔道連盟(IJF)は、プーチン大統領の名誉会長職を停止。プーチン氏には、今回の暴挙からは想像のつかない礼儀正しい柔道家としての一面もあった。(粟野仁雄/ジャーナリスト)

プーチンが尊敬する山下泰裕会長

 子どもの頃から柔道を嗜んできたプーチン大統領は、レニングラード市(現サンクトペテルブルク市)のチャンピオンにもなった強豪で、粗暴な不良少年を「まっとう」にしたのは柔道だったとも言われる。柔道を心から敬愛し、柔道に関する著作もある彼は、IJFのマリウス・ビゼール会長や山下泰裕・日本オリンピック委員会(JOC)会長らとの親交も深い。

 全日本柔道連盟会長でロサンゼルス五輪無差別金メダリストの山下氏は、プーチン大統領から「ロシア友好勲章」や「ロシア名誉勲章」を授与され、「日本人の中で最も尊敬できる」とまで称えられていた。しかし、今月1日には、「皆さんが思っているほど親しくはない。ロシアではそう思われているみたいですが……」など関係について言を濁した。現在のプーチン大統領の狂気の言動を支持するなら別だが、親しかったのなら「親しかった」と言って別段、悪くはない。親しいといっても、2人で酒を飲みに行くような仲だと思っている人などいまい。山下氏は、今回のことで「ウクライナ国民を苦しめている暴君と親密にしている」といった批判の矛先が自分に向くと思って慌てたのか。

 2014年8月、ロシア・チェリャビンスクの世界選手権で2人が会った際、プーチン大統領は「山下さん、安倍首相はあなたにそう言ったのかもしれないが、日本が今やっていることはその言葉とは正反対じゃないか」と不満を漏らした。その年、ロシアのクリミア半島併合に対して、日本が欧米に倣った経済制裁を指してのことで、大国のトップにそんな言葉を率直に言われるまでの信頼関係が山下氏にあった証左でもある。

講道館では裸足になって……

 プーチン大統領は、来日時には超多忙の合間を縫って「柔道の総本山」と仰ぐ、東京都文京区の講道館を度々訪れた。全柔連元会長で、現在は講道館館長の上村春樹氏(モントリオール五輪無差別金メダル)に当時のことを伺った。

「2000年9月に、プーチン大統領が講道館を訪れた時に立ち会いました。厳重警備で大変でした。畳に何か(毒のようなもの)が塗られているようなことを警戒してか、彼は裸足にならないと聞いていましたが、講道館ではきちっと靴下を脱いで、畳に上がっていましたね」

 と振り返る。

「プーチン氏は大道場で柔道衣に着替えて、向井(幹博・現講道館総務部次長)さんと組んで技などを披露しました。切れのいい一本背負投や巴投などを見て、普段も相当の修行をしていたことが技術面からも分かりましたね。小学生の女の子に投げられてみせてもいましたが、あれは実は難しい。体格差がありすぎて、ぐしゃっと潰してしまったりする。しかし彼は本当に上手に投げられていたんですね」

 その際、当時の講道館館長の嘉納行光氏がプーチン氏に六段の証書を与えた。

 上村館長は「試合成績などの実績、柔道精神の理解度や、柔道の普及への貢献度などをしっかりと審査し、十分、六段に値すると評価して紅白の帯を与えたのですが、プーチン氏は『まだ私には早すぎます』と、最初は固辞されたんです。本当に謙虚でした。IJFの会議などでも会いましたが、柔道の生みの親の嘉納治五郎師範を心から尊敬していることをよく話していました。本当に謙虚な素晴らしい男だと思っていました。それだけに、今回のウクライナ侵攻は、柔道の場で見てきた同じ男の仕業とはとても思えない。いったいどうしてしまったんだ、と信じられない気持ちです」と話す。

 講道館が1度与えた段位をはく奪した前例はない。上村館長は「講道館の段位は簡単に与えてきたものではありません。(プーチンの段位を)はく奪せよ、との声もあるようですが、しかるべき手順を踏んでしっかり論議して対処したい」と話した。

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