手提げ金庫で売上金を管理する者はいなくなるか? 「暴力団離脱者」の口座開設支援に乗り出す警察庁の勝算とカベ

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手提げ金庫で管理していた

 そうとはいえ、今回の口座開設対象者は、あくまでも「警察又は都道府県暴力追放運動推進センターの支援により協賛企業に就労していること」が条件である。ということは、友人や知人、親族の伝手を頼り自力で就労した者や、自営業を営む者はどうなるのかという問題が指摘される。

 少し古いデータになるが、70年代から80年代にかけて、科学警察研究所によって行われた暴力団離脱者の追跡調査に基づく研究によると、カタギの職業に就業する方法は、(1)自営業を始める場合、(2)組員時代の合法的職業を継続する場合、(3)縁故者の紹介によって雇用される場合の3通りがあると指摘されている(「科学警察研究所報告23(1)」 1982年)

 そもそも、銀行口座開設を拒否される元暴力団員は、その業界で名前が知られている、あるいは、過去に逮捕されて警察から暴力団員である(あった)と認識されていた者である。

 彼らは、警察庁データベースへのオンライン照会システム等に登録されていたから口座が作れなかったが、そこに名前が載らない者は、暴排条項の網を逃れて口座開設ができていた事例(末端組員や通名を用いていた者)もあり、不公平感が否めなかった。

 実際に、拙著『ヤクザの幹部をやめて、うどん店はじめました』の主人公は、離脱後に口座が持てず、毎日の売上金を手提げ金庫で管理していた(新潮社 2018年)。一方で、筆者がこれまでに調査対象としてきた離脱者は、半数以上の者が口座を有していた。これは、うどん店を始めた離脱者が、組織の高級幹部であり名前が知られていたから、口座開設が出来なかったと考えられる。

 真に離脱者の社会復帰を促し、再び犯罪社会の住民としないためには、今後、官民が知恵を絞り、暴力団排除の在り方につき議論を醸成する余地がある。今回の「暴力団離脱者の預貯金口座の開設に向けた支援」が、そのためのマイルストーンとなることを願ってやまない。

廣末登
ノンフィクション作家。1970年生まれ。北九州市立大学大学院博士後期課程修了。博士(学術)。国会議員政策担当秘書、福岡県更生保護就労支援事業所長を経て、現在は久留米大学非常勤講師、龍谷大学犯罪学研究センター嘱託研究員を務める。著書に、『だからヤクザを辞められない――裏社会メルトダウン』、『ヤクザになる理由』(以上、新潮新書)、『ヤクザと介護――暴力団離脱者たちの研究』(角川新書)、『ヤクザの幹部をやめて、うどん店はじめました。――極道歴30年中本サンのカタギ修行奮闘記』(新潮社)、『組長の娘―ヤクザの家に生まれて』(新潮文庫)、『組長の妻、はじめます。――女ギャング亜弓姐さんの超ワル人生懺悔録』(新潮文庫)等がある。

デイリー新潮編集部

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