「大学院は最高で、地獄だった」 秋吉久美子が明かす50歳を超えての早大大学院生活

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 いま注目を集める「リカレント教育(社会人の学び直し)」。50代で早稲田大学大学院に進学した女優・秋吉久美子が大学院生活を「最高で、地獄だった」と語る理由とは――。

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 乾いた海綿が潤っていく。

 50代で学び直しを体験した感覚を一言で表現するとこんな感じですかね。その歳でキャンパスに通いながら学ぶ機会を得て、とても初々(ういうい)しい気持ちになれたことを思い出します。ちょっと合わないなと思う先生が廊下の先から歩いてきたりしたら、柱の陰に隠れたりなんかして。思いっきり、「学生生活」を楽しませてもらいました。

 高卒だった私は2007年、大学を卒業していなくても、大学教育修了と認められる小論文や、研究テーマ等が評価されれば入学できる早稲田大学大学院公共経営研究科の門をくぐりました。今でもよく覚えているのは、キャンパスに通い始める前に、真っ先に「GAP」「オールドイングランド」に行ったことです。

 チノパン、ネイビーの縞シャツ、ジャケットにベスト、そしてアディダスでスニーカーを。

 完璧なアイビールックを買い揃えました。見た目だけでも、芸能人だからって中途半端な気持ちで大学院に来たんじゃない、なめられちゃいけないと気にしたのでしょう。

芸能界と正反対の世界

 そうやって、自分なりにキャンパスになじもうとしたわけですが、私にとって大学院は「場違い」な世界でした。学術の世界を目指して学部から上がってきた人、公務員や行政関係者、そして自衛隊員。そんな中にポツンと女優がひとり。

 芸能界でも「シラケ派? 小悪魔女優?」なんて言われて場違い感があったのに、大学院に行っても「なぜあなたがいるの?」という感じ。そんな大学院の居心地はというと……。

 もう最高! なにしろ、芸能界と正反対の世界でしたから。芸能界って文化芸術を育む側面がありつつも、椅子取りゲームというか、仁義なき戦いの面があるでしょ? でも、「公共経営」は真逆。公共経営とは、要は自己の利益の追求と公共の福祉・経営とのバランスをどう取るかということ。自分の営利のためなら何をやってもいいという話ではなく、利益をどう公共に再分配できるかを考える。公の意義を考え、国の在り方、世界の恒久対策に至るまでを検証する学問です。

 私のような「柔らかい世界」から来た人はいなかったので面食らいましたが、堅さの中に身を置くのが何とも心地よい。

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