ノルウェーで100年以上続くナゾの乱痴気騒ぎ「ルス」とは? 1カ月も続く“通過儀礼”の内容(古市憲寿)

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 乱痴気騒ぎという言葉がある。人生で1度だけ、文字通りの乱痴気騒ぎを目撃したことがある。しかも場所はノルウェーだった。

 留学時に住んでいた学生寮には大きな湖と森が隣接していた。普段は静かで穏やかな、市民の憩いの場である。だが5月のある夜、やたら湖が騒がしかった。何かと思って覗きに行くと、赤いつなぎを着た10代が、乱痴気騒ぎをしていたのだ。

 100人ほどの若者が、湖のほとりで大音量の音楽にのって踊ったり、お酒を飲んだり、花火を上げたり、火をたいたり、ド派手なパーティーをしていた。もちろん暗がりで抱き合う人も多い。

 驚いた。なぜなら、ノルウェーは日本以上に大人しい人が多い社会だと思っていたから。大学の授業でも、席は後ろから埋まっていた。

 ノルウェーの友人に聞くと、「ルス(Russ)」という高校の卒業祝いだという。すごいのは、このお祭りが1カ月も続くこと。派手なグループは、運転手付きのバスを借り切ってノルウェー全土を渡り歩き、行く先々でパーティーをする。

 ユニフォームは帽子につなぎ。変な決まりがあって、毎年「ルス委員会」が発表する課題をクリアすると、報酬として帽子の紐にアイテムをまとうことができる。「12時間で24本のビールを飲む」「警察官にキスをする」「1日で10人とセックスをする」など、アルコールやセックスにまつわるミッションが多い。

 当然、社会問題になっている。急性アルコール中毒や交通事故による死亡者も多い。2018年にも公共道路管理局のトップが「裸で橋を渡ったり、交差点でセックスをしないで」と声明を出していた。

 しかしノルウェー社会は、おおむねルスに寛容である。なぜなら、かつて自分たちもしたから。ルスには100年以上の歴史がある。男女に徴兵制を敷くノルウェーでは、ルスの後に、軍隊に行く若者も多い。ルスは通過儀礼として社会に受け入れられているのだ。

 文化人類学の説くところによれば、社会的な地位の変更には通過儀礼が伴う。バヌアツのバンジージャンプが有名だが、日本でも先史時代には、抜歯とイレズミという通過儀礼があった。

 興味深いことに、危機の時代には「痛い」通過儀礼が広まるらしい。戦争が起こったり、寒冷化による社会不安が起こると、痛みの強い抜歯やイレズミが流行したのだという(設楽博己『縄文vs.弥生』)。

 災害や不安が社会統制の強化を促すのは、現代でも同じかもしれない。新型コロナウイルスの流行に際して、「強い国家」を求める人が多かった。平成バブルの崩壊後も、ナショナリズムが流行した。先が見えない時代では、権力に従属し、構成員として一体感を抱くことで、安心を得るのだろう。

 やたら緊急事態宣言や私権制限を求め、他人の自由を許せなかった人は、縄文時代だったら抜歯やイレズミの徹底を訴えていたのかもしれない。後世から見れば不合理な出来事が、人類史から消えることはないのだろう。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2022年2月17日号掲載

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