「ミステリと言う勿れ」は動画再生回数も絶好調 「新しい正義」と「哲学」を盛り込む巧みさとは

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謎解きの面白さ

 謎解きも面白かった。久能が疑われるところから、自分で犯人を言い当てるところまで、物語に矛盾やほころびがなかった。映像化の際に原作を改変して成功する作品もあるものの、今回は原作にほぼ忠実であることが奏功した。

 殺されたのは久能の大学の同級生で高校も同じだった寒河江健(藤枝喜輝、19)。殺害現場は久能の住まいに近い公園である。その上、現場近くで久能を見たという目撃者もいた。粗雑なミステリーは他愛もない理由で無実の人を容疑者にしてしまうケースがあるが、久能が疑われるのは無理もない。

 その後、久能犯人説を強く主張する薮鑑造警部補(遠藤憲一、60)が久能の住まいから少し離れたゴミ捨て場で凶器の果物ナイフを発見する。ナイフとそれを包んでいたコンビニの袋には久能の指紋がべったりと付いていた。薮は久能に自供を強く迫る。これも筋が通っている。

 けれど久能は冷静に対処した。

「この場合、2通り考えられますよね。1つは僕が僕のナイフを使って寒河江を殺した場合。もう1つは誰かが僕のナイフを盗んで手袋でもして寒河江を殺した場合。この2つは結果が同じになります。その違いをどうやって見分けるんですか」(久能)

 この言葉に薮はキレた。今度は久能宅の家宅捜索に踏みきる。

 藪は仕事の鬼だった。3年前、妻と11歳の息子がひき逃げされた際も張り込みを続け、妻子の死に目にも会えなかった。藪の上司である青砥成昭警部は「刑事の鑑」と讃えていた。

 一方、久能も凶器発見の辺りから名推理を発揮する。ただし、「本当かよ」と言いたくなるような神がかり的な能力を見せた訳ではない。

「ここまでの能力の持ち主なら、ひょっとしたら実在するかも」と、思える範囲内の優れた観察眼や洞察力、分析力を久能は持ち、駆使した。だから物語にリアリティーがあった。推理者としての久能を分類すると、さしずめシャーロック・ホームズ型だろう。

 久能は考えた。(1)動機がある人間は誰か(2)自室に侵入し、指紋付きのナイフとコンビニ袋を持ち出せたのは誰か(3)自分に罪を着せられる立場にいる人間は誰か――。

 これらが分かれば犯人はおのずと浮かび上がる。久能は風呂光、藪、青砥、池本優人巡査(尾上松也、36)の言葉や態度から、(1)から(3)を知るための材料を探した。自分の記憶も辿った。王道の謎解きである。

 そして犯人が藪であることを言い当てる。寒河江が車をこっそり処分したころと藪の妻子がひき逃げされた時期が一致していたことと、1年前に自室のカギを落とした際に交番にそれを届けたのが藪だったことが決め手だった。

 仕事人間・藪による復讐劇。旧来のミステリーなら、周囲は藪に一定の理解を示す。浪花節テイストが加味される。

 だが、久能は藪を突き放した。自分に罪を着せようとしたことへの私怨ではない。藪の生き方そのものを全否定した。久能にとって家族をないがしろにした「刑事の鑑」は古い正義なのである。

 妻子がひき逃げに遭った時も病院に駆けつけなかったことを責めた。

「怖かったんだよね。死に目に会うのが。現実を見るのが怖かった。刑事としての藪さんの代わりはいくらでもいるのに、そこは無視した」(久能)

 生きている家族のための時間はつくらなかったのに、復讐のためには時間を費やした矛盾も突いた。

「楽しかったですか?復讐は」(久能)

 復讐も自己満足のため。藪は最後まで自己中心的で、これも哲学的な話だった。

 最後には、ひき逃げ犯が寒河江ではなく、車を借りた先輩だったと判明する。藪はとんでもない過ちを犯した。

 藪は復讐を果たせず、妻子よりも大切にしていた刑事の職を失っただけ。苦すぎる結末だったが、大人向けの寓話のようで味わい深かった。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

デイリー新潮編集部

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