「新婚さんいらっしゃい!」勇退の桂文枝を支えた「最後の女性」の告白(前編)

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警察沙汰に

 もっとも、文枝師匠は愛妻家で通っている。日経新聞「私の履歴書」では妻を気遣ってこう書いている。

〈家族そっちのけで仕事に没頭していたのに、いざ体調を崩すと、頼みとなるのは家族の助けだった。

 なかでも妻の真由美。板金修理会社を営む父と、寺の娘だった母との間に生まれ、ご近所に愛されて育った。歌手になる夢を封印して、桂三枝という名前を大きくすることに尽くしてくれた〉(12年5月31日)

「お付き合いするうちに私が弄ばれているだけだと分かってきて、訳もなく涙を流すような毎日でした。文枝さんに撮られた写真も、どこかでバラ撒かれているのではと思い、心配で一日に何度も電話したりメールしたりするようになったのです。文枝さんも怒ることが増えて、ストレスが溜まるばかりでした」

 不安になった恵美子さんがかける電話やメールに、文枝師匠の返事も次第に冷めたものになっていった。気の焦りから、警察沙汰になったこともある。13年の夏だ。

「ある日、繁昌亭にいる文枝さんに直接会いに行ったんです。すると、身体の大きなお弟子さんが止めてきた。押しのけようとすると、今度は襟首を掴まれてしまったのです。結局、警察を呼ぶ騒ぎになってしまい、翌日、文枝さんに電話で叱られました」

 その後16年には、文枝師匠が先述の歌手の愛人に月20万円の手当を払っていたことが報じられた。

「文枝さんは“彼女とは1回だけ会ったら騙された”と言うのです。流出したツーショット画像も“切り貼りされたものや”と言い張る。でも、私にはお手当のようなものをくれたことは一度もありません。お金が欲しくて付き合ったわけじゃないけど、よくよく考えれば、私は“無料で遊べる愛人”だったということです」

 恵美子さんによると、身体の関係は4年ほど前から無くなっていたが、それでも電話やデートは最近まで続いていたと言う。

 途中まではそれなりにロマンチックだったはずの話が、いささかサスペンスめいてきたが、師匠本人の弁明は後編でご紹介する。

デイリー新潮編集部

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