「暗黙のうちにルールが決まっていて、皆が従っている」って気持ち悪い――『ワンオペJOKER』宮川サトシがハライチ岩井の漫画を絶賛するワケ

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漫画のキャラに指摘させること

宮川:原作と言えば、岩井さん原作の漫画『ムムリン』の第1巻が発売されましたね。連載の最初から楽しみに読ませて頂いていますが、でも実はこれも小説と同じく、「背中を切りつけられた案件」でした。タイトルにもなっているムムリンはポコリー星から来た可愛らしい見た目の宇宙人ですが、読者の想像をあっさり裏切って、何の特殊能力も出してくれない。「ドラえもん」じゃないのか、この設定にした意味ないじゃん!って3話目くらいで気がつきました。

岩井:その通りです! ムムリンは可愛いだけで、何も解決しません(笑)。それに、タイトルは『ムムリン』ですが、主人公はムムリンが居候する家に住む小学生のコウタです。

宮川:コウタくんが登場人物の誰かを論破する過程が、毎回特に面白いなぁと読ませて頂いています。

岩井:ありがとうございます。コウタが指摘するのは、「起源が分からないのにそういうものだと決まっているもの」に対してで、毎回「ここがおかしいぞ」って僕が感じていることも入れるようにしています。

宮川:すごく分かります! 「誰も言わずにルールが決まっていて、皆が暗黙のうちにそれに従っている」ってよく考えると気持ち悪いですよね。僕も子どもの頃に感じていた、「ガンダムに乗る人が毎回同じなのはおかしい」ということが、『ティラミス』を構想したきっかけの一つでした。ガンダム、ガンキャノン、ガンタンクと並んだとき、誰だって一番先に死ぬ可能性の高いガンタンクには乗りたくないはずだから、出撃時に毎回早い者勝ちで決めればいいのにと思っていました。

岩井:ただ、コウタに指摘させている僕自身の「言いたいこと」を、もうちょっと自然に展開させながら漫画に落とし込みたいとは考えていて、今後の課題ですね。宮川さんは作画の方と展開や表現で揉めることってありますか?

宮川:作画で直して欲しいところがあるときには、まずは褒めて、その後お願いをするようにしています。「このシーンめちゃめちゃ格好いいですねー、さすがです! で、このコマのこの表情だけちょっと修正を……」みたいな感じで。

岩井:それって編集の人みたいじゃないですか(笑)。

宮川:自分も編集担当者に原作のネームを提出するとき、まずは面白かったところに触れて欲しいと常々思っていて、褒めてもらったあとでならいくらでも問題点の修正はできるんですよね……。漫画家になる前に塾講師をしていたせいで、無意識に先に褒める癖がついているのもあるかもしれません。とはいっても、そもそも自分には描けない絵を描いているという時点で、リスペクトしかないのですが。一つだけ器の小さい話をしてもいいですか?

岩井:どうぞどうぞ(笑)。

宮川:『ティラミス』でサイン会をやったとき、原作者の僕と作画の伊藤亰さんとで並んで待っていると、僕の方にはサイン希望者があまり来なかったということがありました。伊藤さんはサイン自体がスタイリッシュで素敵で、しかもイラストまで描いてくれるから当然といえば当然なのですが、やはりじわじわと落ち込みました。タイトル、登場人物の性格、ロボットの名前などの設定はもちろん、ストーリーを考えているのはオレなのにー!!!って、行き場のない哀しみと憤りに苛まれ……。

岩井:僕も似たような経験があります。ハライチがテレビに出始めた頃、相方の澤部(佑)がコンビのネタを書いていると思われていた時期がありました。澤部の方が目立つので仕方ないとは思いつつも、逆に、テレビに出ている澤部を見て、よくネタ書いていると思ったな、ネタを考えられる人間に見えた!?って内心冷ややかに見ていましたが(笑)。

宮川:すみません、僕の愚痴に付き合って頂いて……。そういえば一度、「(『ティラミス』の主人公)スバルを描いてください!」って読者から頼まれて描いてみたら、中学生が年賀状に「週刊少年ジャンプ」の好きなキャラクターを真似して描いた、みたいになったことがありました。あれだけの緻密な絵で世界観を演出してくれているってことは、やっぱり忘れちゃいけないですね……。

岩井:原作者が作画者と揉めても仕方ない、という結論が出ましたねぇ。

宮川:(メモを見ながら)最後に一つ、エッセイのことでお伝えしたいことがあって。『どうやら僕の日常生活はまちがっている』に収録された一編「団地の思い出とマサシのこと」の結末には、思わず映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を思い出しました。同じ団地でよく遊んでいたマサシくんとの決別が、あまりにもスパンっと切り離すような類のもので、子どもって恐ろしいというか、他のエッセイの幕切れとも違ってドキドキしました。

岩井:自分の中のストックがどんどん減っていく感じが嫌で、子ども時代のことはなるべくエッセイに書かないようにしているのですが、締め切りに間に合わせるための苦し紛れからという理由と、あとは、例えば、子ども時代に進入禁止のマンションの屋上に忍び込んで遊んだことを書くことで、昨今厳しくなったコンプライアンスを少し皮肉っているところもあるのかもしれません。

宮川:過去現在問わず様々な出来事を克明に記憶し、文章に面白く落とし込めるところも、岩井さんのエッセイの素晴らしいところだと改めて感じます。コンプライアンスといえば、僕もエッセイ漫画に描きたかったけどボツになったエピソードがあります。小学生のとき、学校でうんこしたことをバレるのを恐れて流さない同級生がいたので、流されなかったうんこを友達と協力して持ち帰り、それを庭で……。あとは自主規制しますが(笑)、細部までよく覚えていて、自分にとっては大事な思い出の一つなのでいつか漫画に描きたいなぁ。

岩井:庭でどうしたのか気になりますねぇ(笑)。でも、宮川さんのほのぼのした絵ならきっと大丈夫ですよ。ほっこりと心温まる思い出としてぜひいつか描いて下さい。

宮川:それで心温まるかなぁ……とりあえず担当者に提案してみます(笑)。

岩井勇気(いわい・ゆうき)
1986年埼玉県生まれ。幼稚園からの幼馴染だった澤部佑と「ハライチ」を結成、2006年にデビュー。すぐに注目を浴びる。ボケ担当でネタも作っている。アニメと猫が大好き。特技はピアノ。累計10万部を超えるヒットとなったデビューエッセイ集『僕の人生には事件が起きない』に続いて、第2弾『どうやら僕の日常生活はまちがっている』も6万部を突破し大きな話題を呼んでいる。1月6日に原作を担当した漫画『ムムリン』1巻が発売した。

宮川サトシ(みやがわ・さとし)
1978年岐阜県生まれ。東京で暮らす地方出身妖怪たちの悲哀を描いたギャグ漫画『東京百鬼夜行』で2013年に漫画家デビュー。最愛の人を亡くした哀しみを描いて多くの共感の声を生んだエッセイ漫画『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』は映画化もされた。現在は週刊新潮にて『俺は健康にふりまわされている』、週刊モーニングにて『ワンオペJOKER』(原作)、週刊イブニングで『SUPERMAN vs 飯 スーパーマンのひとり飯』(原作)などを連載中。

デイリー新潮編集部

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