大阪「LGBTの駆け込み寺」に集う人々 56歳で性別適合手術、柴谷住職が目指すもの

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還暦の参加者も

 当然だが、性同一性障害者は若者ばかりではない。谷口誠さん(60)は柴谷住職の活動の撮影係でもある。LGBTの「レインボーパレード」にも駆けつける。5年ほど前、柴谷住職が先達を務める「四国お遍路さん」で知り合った。「高野山などは撮影も許可がいるがここは不要。柴谷先生の専属カメラマンですよ。仏さまの前では男も女もない。私の親も柴谷先生の親と同じように理解はなかった」。

 長男の兄がいるが二人目は女の子が欲しかったという両親はなんと、谷口さんが三歳の頃まで女の子の服を着せて育てていた。「覚えていたので二十歳頃、母親に訊いたら『女の子が欲しくてそうしていた』と言っていた。一歳から三歳までのそういう感覚が残り、男に違和感があった」。「自衛隊のような男中心の職場でもきっと私のようなのがいると思う。悩んでいる人がもう少し住みやすい社会になれば」と谷口さんは訴える。

 高野山で尼僧修行中の内野明夫(みお)さん(61)は元郵便局員。高野山の下宿から遠路駆け付けた。「柴谷先生のことは知っていました。ここへ来出したのは2019年の夏ごろでした」。2015年に4月に手術を受け、ホルモン治療を行い、天王寺区の性同一性障害の専門外来医院で診断書を書いてもらって、翌年6月に家庭裁判所で戸籍の性別変更を行った。

 56歳の時だった。

「40年ほど勤めた職場では労働組合がとても協力的で、会社と交渉してくれてロッカーの位置とかに配慮してくれたり、女性用の制服ももらったりできました。一人だったら難しかった。仲間が支えてくれた。50代になって自分の性を変えたことは、柴谷住職と同じだが、理由を聞くと「やはり人間死ぬとき、自分の本来望む性で死にたいですよ。戒名だって男、女で違うし」と話す。

「明夫」を女性らしい名前として「みお」と読ませる。「資格要件などもいくつか持っており、これから働く期間も短いので字はそのままです」。

「柴谷先生が先駆者として道をつけてくれました。弟子として活動できることですごく安心感があります。もっと勉強して一人前の僧侶になりたい」と語る。

柴谷住職の半生

「駆け込み寺」の柴谷宗叔住職は大阪市天王寺区生まれ。男として育てられたが違和感を持つ。「ある時、母親の服をこっそり着たらばれて父親に『男の子らしくしろ』と殴られた。中学、高校時代も詰襟の制服が辛かった」。早稲田大学文学部を卒業して読売新聞社の記者になる。「地方支局時代の服は自由だったが大阪本社の経済部では財界のお偉方にも会うので背広にネクタイ。苦痛でした」。

 1995年1月17日の阪神・淡路大震災。たまたま神戸市の中古の一戸建ての自宅は空けていた。完全崩壊し、瓦礫からボロボロの納経帳が見つかる。「地域では大勢が犠牲になった。あの日、自宅なら間違いなくお陀仏。納経帳が身代わりになってお大師様(弘法大師)が守ってくれたと思ったのです」。これを機に「偽りの半生」と決別し自分らしく生きる。宗教心はなかったがスタンプラリーに嵌まっていた「四国八十八か所巡礼」で知り合った人の勧めで高野山大学院の社会人コースに通い、51歳で新聞社を退社した。厳しい修行で05年に僧籍を獲得。密教学で博士号も取り四国遍路に関する優れた研究書や入門書も著わす。56歳で性別適合手術を受け、心身ともに女性となった。「旅館で女風呂に入れることが一番嬉しかった」。

 辛かった経験から「性的マイノリティ(少数者)の集える駆け込み寺を作りたい」と考え、とりわけそうした人の終活を考えた。「子供はいないし、肉親とは疎遠なケースが多く『葬式も出してもらえない』『墓にも入れない』『供養もしてもらえない』など人生の末路が心配なのです。遺産などについては提携する司法書士らに相談に乗ってもらいます」。

 後継ぎ住職がなく廃寺になりかけていた浄峰寺の住職を継ぐ。柱は永代供養だ。大阪府交野市の民間霊園を借りて永代供養塔を建てた。「戒名も男と女は違うのですが、戸籍などに関わらず本人の希望で性別を選んでもらいます」。同性愛カップルのための仏前結婚式も受け入れる。新型コロナウイルスの影響で高齢のマイノリティが入居する老人ホームなどに柴谷さんは入れず、話のきっかけすらなかったが緩和された。そんな柴谷さんの「性善寺」には年配者も若者も、語り合える仲間を求めて再び集まってきた。2021年最後の集いは12月26日だった。毎月の集いは最終日曜日の午前10時から。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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