中村吉右衛門さんと時代劇 いまも印象に残る「鬼平犯科帳」美術担当者の本音

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 ペリー荻野が出会った時代劇の100人。第15回は、11月28日に世を去った歌舞伎俳優の中村吉右衛門(1944~2021年)だ。

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 歌舞伎俳優で人間国宝の中村吉右衛門は、時代劇映画・ドラマでも、芸術性の高い作品から娯楽作まで多くの足跡を遺した。

 印象的な作品のひとつが、1969年の映画「心中天網島」だ。妻子ある紙屋治兵衛(吉右衛門)が曾根崎の遊女・小春(岩下志麻)と深いなじみになり、ついに心中に至るまでの物語を、治兵衛の妻・おさん(岩下・二役)や兄・孫右衛門(滝田裕介)らの思いをからめながら描く。近松門左衛門の原作を、篠田正浩、富岡多恵子、武満徹が共同で脚本を書き、篠田が監督したモノクロ作品で、製作は篠田のプロダクションである表現社とATG(日本アートシアターギルド)である。

 私がこの映画の存在を知ったのは高校生の時だったが、「60年代のATGモノクロ作品」と聞いただけで「何かある」と思った。その直感は当たり、「何かありまくり」の時代劇だった。畳ではなく大きな文字や浮世絵が描かれた床や壁、まるで舞台装置のような斬新なセットの中で展開する夫婦と遊女、その家族や店の客らの濃厚な人間ドラマ。随所に人形浄瑠璃や黒子まで現れる。クライマックス、死を意識しながら墓場で激しく求めあう治兵衛と小春を、墓石の向こうから黒子がじーっと見つめている。渦巻く情念にめまいがしたが、これは「死ぬしかない」と思い詰める二人とクールな黒子(世間)、ふたつの視点が同時に画面に存在するという驚くべき映画なのである。

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