「金メダルでなければ結婚が否定される」 向田真優が明かす試合前の重圧と勝機を掴んだ瞬間(小林信也)

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効いたコーチの一言

 戦う向田はまだそれほど追い込まれてはいなかった。

「思うように動けていないけれど、取り返せるという気持ちはありました。以前も4点先取された後、10対4で逆転勝ちしたので」

 だがどう硬さをほぐして打開するか。自分を切り替えるスイッチを見つけあぐねていた。わずか1分間のインターバル。“ここで取りに行かないと一生後悔するぞ”、志土地が強い調子で叱咤した。

「あの一言は効きました。自分で空回っている状況だったので、あの言葉で本当に取りに行けました」

 向田が振り返る。志土地が思わずそう叫んだのは、

「試合を見ていて、10年も20年もやってきたのに、たったこの6分で決まるのかと思ったら、ズーンと胸に響くものがあったんです」

 切実な感情がつい言葉になった、と志土地が話してくれた。一生後悔する──。金メダルを逃す後悔だけではない。二人の結婚が否定され続ける……。それを他の誰でもない、志土地に言われた強いインパクトが向田を目覚めさせた。

「後半になったら、身体が動くようになりました。自分が行けば相手はばてる、必ず勝てると思いました」

 正面タックルに行ってすぐ相手の反応を見て片足タックルに切り替え、バックに回って2点を奪った。さらに2点を追加、最後は「ハイクラッチを返されそうになるのをなんとか押し出して」5点目を取った。

 金メダルを獲った五輪後、二人は入籍し、晴れて向田は“志土地”真優になった。

「オリンピックが終わって一番うれしかったのは、レスリングを続けたい、自分がそういう気持ちだったこと。子どもを産んでからもレスリングを続けたい」

 次は「志土地で金」が目標になった。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。「ナンバー」編集部等を経て独立。『長島茂雄 夢をかなえたホームラン』『高校野球が危ない!』など著書多数。

週刊新潮 2021年12月2日号掲載

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