「巨人の星」でも紹介された“鋭い判定”…日本シリーズで起きた三大事件

スポーツ 野球

  • ブックマーク

Advertisement

「殿ご乱心?!」の見出し

 左翼ポール際への本塁打判定をめぐり、試合が1時間19分も中断したのが、78年10月22日のヤクルトvs.阪急第7戦だ。3勝3敗で迎えたシリーズ最終戦、1対0とリードのヤクルトは6回1死、4番・大杉勝男が左翼ポール際に大飛球を放った。富沢宏哉線審が右手をグルグル回し、大杉は大喜びでダイヤモンドを1周した。

 ところが直後、阪急・上田利治監督とコーチ陣が「今のは誰が見たってファウルだ」と猛抗議。富沢線審が「ポールの上を越えて、スタンドに入ったから完全にホームランだ」と説明すると、阪急側も「打球はポールの上段を通過したが、先端より下で、ポールは巻いていない。すでにその点でミスジャッジを犯している」と主張して譲らない。

 話し合いはこじれ、上田監督は試合放棄も辞さない覚悟で全選手を引き揚げさせた。その後、「(本塁打の)判定は仕方がない」と譲歩したものの、「それ以前の段階でミスジャッジをしている審判のもとでは、野球はやれない。替えてくれなければ、再開に応じない」と前代未聞の交換条件を出した。

 ついにはネット裏で観戦中の金子鋭コミッショナーまでグラウンドに降り、「(ルール上)審判は替えられない」と説得に当たった。結局、シリーズ史上最長の1時間19分の中断を経て、ようやく試合再開。翌日の朝日新聞は、ファンの存在を無視するかのような長い抗議を「殿ご乱心?!」の見出しで報じている。阪急は0対4で敗れて4年連続日本一を逃し、シーズン中に入院するなど体調が万全でなかった上田監督も翌日、「心身とも疲れた」ことを理由に電撃辞任した。

「ユニホームを着ている間は」

 頭に当たっていないのに危険球が宣告される“死球騒動”が起きたのが、2012年11月1日の日本ハムvs.巨人第5戦だ。5対2とリードの巨人は、4回にも無死一塁のチャンス。次打者・加藤健は送りバントの構えを見せたが、多田野数人の初球、内角高め139キロが頭部付近を襲う。

 直後、加藤はのけぞるようにして後方に倒れ込んだ。VTRでは、当たっていないように見えたが、柳田昌夫球審は頭部死球と判定。多田野に危険球退場を宣告した。

 栗山英樹監督が「バントに行ったのだから、(体に当たっても)空振りでストライクでしょ」と抗議したが、柳田球審は「ヘルメットに当たったから、危険球と判断した」と譲らない。当てた覚えのない多田野も「騙すほうも騙すほう。騙されるほうも騙されるほう」と不満をあらわにした。

 だが、加藤は騙そうと演技したのではなかった。過去に2度頭部死球を受けた経験から、ボールが顔面付近をえぐった瞬間、「当たった」と思い込んでしまったのだ。実際に当たっていなくても、ガチで体が反応しているのだから、柳田球審が誤解するのも無理はなかった。

「ユニホームを着ている間は何を言っても言い訳になる」と考えた加藤は、16年に引退するまで真相を口にすることはなかった。

 いずれの事件も、試合はもとより、シリーズの結果にも大きな影響を与えている。もし、当時からリクエスト制が導入されていれば、判定がどうなっていたかも興味深い。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2020」上・下巻(野球文明叢書)

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。