尾身会長は「専門家の皮を被った政治家」 科学的なデータをあえて無視する態度(古市憲寿)

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 1914年、サラエボで起こったテロ事件から、第1次世界大戦は勃発したとされる。4年にわたる戦いでは、数十もの国が関与し、約1600万人が命を落とした。凄惨な戦争だった。

 だが戦争終結から100年以上が経った今でも、なぜ戦争が起こり、ここまでの規模になったかは、定説をみない。実は、当事者自身が戦争の目的を理解していなかった可能性もある。

 ある研究者は、大戦に関わった人々を「夢遊病者」と呼ぶ。「彼らは用心深かったが何も見ようとせず、夢に取り憑かれて」いたというのだ(クリストファー・クラーク『夢遊病者たち』)。

 夢遊病のせいで大戦が起こるなんてたまったものではない。「夢遊病」説に対しては、国家の責任を免責するものだという批判もある。

 しかし2020年から21年にかけて起こった騒動も、後世からは「夢遊病」に見えるのかもしれない。特に夏の東京オリンピック開催を巡る騒動は異様だった。

「幽霊病床」問題の当事者でもある尾身茂さんは、「中央公論」(11月号)でオリンピックを振り返り「観客を入れても、私は、会場内で感染爆発が起きるとは思っていませんでした」と述べている。それにもかかわらず「観客を入れたら」「国民に求めていることと矛盾したメッセージを送ることにな」ると、無観客開催を「良い判断」だったと評価する。

 また8月には、パラリンピックの開会式にあたり来日するIOCバッハ会長を批判、「挨拶が必要ならば、なぜオンラインでできないのか」とオフライン(衆院厚生労働委員会)で述べていた。

 この二つの発言からは、尾身さんが「感染症専門家の皮を被った政治家」ということがよくわかると思う。「専門家」としては有観客開催や、たった一人の外国人の来日で感染爆発が起きるわけがないことを当然、理解していた。

 しかし「国民」に与える影響を考慮して発言していたなら、それはもう「政治家」である。少なくとも、努めて客観的に科学データを示すことが期待される「専門家」らしからぬ態度だ。

 第1次世界大戦の時も、事実としてサラエボ事件が起こったのは間違いないが、それを恐怖の物語に仕立て上げたのは「政治家」たちである。どんなに客観的に真実らしく見える出来事も、それを誇張したり隠蔽したりするのは、いつの時代も「政治家」だ。

 その時、「政治家」が真に悪辣ならいい。自分の言動が及ぼす影響力を把握した上で、いかに自国の利益を確保するのか、どう社会を立て直すのかが見えていて、そのために物語を使うのは構わない。最悪なのは、近視眼的な視点しか持たず、何の責任も取らない中途半端な「政治家」である。

 本当に夢遊病の場合、これといった特効薬はない。基本的には子どもの病気なので、成長と共に治癒していく。日本を席巻していた夢遊病は完治したのだろうか。それとも冬あたりに再発するのだろうか。いい加減、大人になる時期は来ていると思う。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2021年11月4日号掲載

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