【独自調査】「西友」ハチミツから基準値4倍の「発がん性疑惑農薬」が 避けるべき原産国は?

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先妻の息子VS.後妻の息子

「7日のリリース文書では『健康被害はない』旨の主張をしていますが、これは全く意味のない抗弁です。そうではなく、消費者に安心感を与えなければならないのに、全くできていない」

 そう指摘するのは、危機管理に詳しい(株)リスク・ヘッジ代表の田中優介氏。

「リリースでは基準値の見直しにも触れていますが、まだ施行前ですし、見直しが決定したわけでもないので、安全だという根拠にはなりません。この楽観的な考え方が、消費者の間に不安が広がっている原因になっていると思います」

 加藤美蜂園本舗の関係者が慨嘆する。

「今回の件は起こるべくして起こった、という気がします。会社の人たちは、取締役営業本部長が回収に後ろ向きな発言をした例の会議の参加者以外は、記事で初めて基準値超えを知ったようです。あの会社の取引先の人は“終わったね”と言っていましたし、社内も“会社は潰れるのか”という話で持ち切りになっていると聞きました」

 1947年に加藤美蜂園本舗を創業したのは、加藤重一(しげいち)氏。現在、同社の社長を務めている加藤禮次郎氏(70)は、重一氏の後妻の息子だ。禮次郎氏と、重一氏の先妻の息子である信一郎氏(79)とが衝突するようになり、それが元で同社では、経営を巡って「信一郎派」と「禮次郎派」による争いが続いている。

「重一さんは本当に素晴らしい社長でした。側近から末端の社員まで分け隔てなく優しく接する方だった」

 と、元社員が振り返る。

「全国の支店長が毎月本社に顔を出す度に“みんなにくれてやってくれ”とポケットマネーをポンと出すのです。支店員1人1万円程度だったので、社員の多い支店だと1回20万円から30万円になります。こうしたことから、ペーペーの社員でも、本社に行った時は社長に会ってお礼を言う。あの頃はいい会社でした」

 創業以来社長を務めてきた重一氏が会長となり、信一郎氏が社長、禮次郎氏が副社長になったのは01年のことである。

「元々、信一郎さんと禮次郎さんは仲が良かったのですが、95年頃から急に仲が悪くなり、職場で会っても無視するかケンカするかのどちらかでした。仲違いの原因は不明ですが、それぞれの母親が違うことも関係しているのかもしれません」(同)

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