「八王子スーパー射殺事件」で注目を集める「指紋鑑定」の最前線

社会

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 1995年に東京都八王子市のスーパーで発生した、女性店員3人の射殺事件で、捜査に進展か? というニュースが一斉に報じられた。最新の鑑定技術によって、現場に残された指紋とよく似た指紋を持つ男が判明した、というのだ。

 事件との関連は、今後の捜査を待つしかないが、そもそもよく耳にする「指紋鑑定」とはどのようなものなのか。科学捜査の現在について詳細に解説した『警視庁科学捜査最前線』(今井良・著)に「指紋の神様」と呼ばれた捜査官が指紋鑑定について解説する一節がある。

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■指紋の神様

 現場指紋係の鑑識課員は事件現場に臨場して指紋の採取を行う。この係を統括するのは警視クラスで鑑識一筋、指紋一筋の捜査官である。

 指紋捜査は「伝統の職人の技」でもある。筆者はかつて「指紋の神様」と呼ばれた塚本宇兵(うへい)氏(取材当時・七四歳)を取材したことがある。

 塚本氏は警視庁刑事部鑑識課で指紋担当管理官を務め、数々の事件解決に指紋捜査で尽力した。警察庁指定広域技能指導官として全国警察の指紋鑑定指導にもあたり二〇〇一年に退官。現在、塚本氏は民間の警備会社で指紋鑑定のアドバイザーを務めている。

「指紋はうそをつかない。正しくその指紋の声を聞かないといけない」

 塚本氏はこう話して事件捜査における指紋の重要性を説いた。指紋は「万人不同」「終生不変」の性質を持っていて犯罪捜査で最も重視される証拠物である。

 実際の作業はどのようなものか。指紋は皮脂や汗などで残されるものとされている。実際の現場では、ドアノブや扉、コップ、書類などさまざまなものに付着する。それらから確実に指紋を検出するべくそれに対応した検出方法がとられるのだ。採取にあたっては粉末を付着させ、羽毛などのついた刷毛を使って行う。刑事ドラマなどでおなじみの「粉末法」と呼ばれる検出方法だ。ガラスや陶磁器など水分を吸収しない物体に適しているとされる。粉末は銀白色のアルミニウム粉、黒色のカーボン粉が用いられる。「隆線(りゅうせん)」とよばれる、指先の浮きでるように走る多くの線状の隆起から出る汗や皮脂が、スタンプのようにこびりつくのが指紋なのだ。

■二種類の指紋

 ここまで一口に指紋と書いてきたが、実は指紋には二種類ある。「顕在指紋」と「潜在指紋」である。

 顕在指紋は明らかに肉眼で見てわかる形で残された指紋のことだ。拇印を押せば、顕在指紋を残すことになる。もちろん、こんな形で指紋が現場に残っていることは少ない。

 潜在指紋は一見しただけではわからない指紋だ。こうした潜在指紋をいかに正確に早く検出できるかが鑑識活動の要となっている。

■指紋の検出方法

 現場に残されているであろう潜在指紋を見つけるために、鑑識課員は細かい粉末をつけた刷毛で隆線の盛り上がりに沿って、そして指紋の流れに沿って刷毛をあてていくのだ。浮かび上がった指紋を鑑識課員は特殊な方法で写真撮影し、さらにゼラチンシートにその指紋を転写する。

 潜在指紋の検出方法としては他に、気化試薬を吹きかけて皮脂に含まれる分泌物と化学反応させる「噴霧法」、皮脂に含まれるアミノ酸と反応する「ニンヒドリン」と呼ばれる薬品などを化学反応させる「液体法」がある。

 現場に残る全ての指紋は「現場指紋」と呼ばれ、そこの住人などの「関係者指紋」を現場指紋から除いたものが容疑者のものとみられる「遺留指紋」となる。もちろん、住人など家族が犯人であることもあるので、関係者指紋以外には出てこないこともあるし、遺留指紋イコール犯人のものというわけではない。

■指紋にあらわれた「特徴点」

 遺留指紋が特定されると次に行われるのが「指紋照合」である。現場に残った指紋は決して完全な状態とは限らない。一部しか残っていないことも多い。照合するために、着目しなくてはならないポイントがいくつかある。

 指紋のパターンは同心円状の「渦状紋」、蹄の形をしている「蹄状紋」、中央で弓なりになっている「弓状紋」の三つに分かれる。パターンが一致している指紋は「特徴点」と呼ばれる隆線の形状とその位置に着目する。すなわち隆線の始まる開始点、終わる終止点、ほかに二本の隆線が合流する接合点などである。

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 日本警察の鑑識では照合する二つの指紋が同じものと認められるには、特徴点が一二カ所以上一致することが必要とされている。

■照合の最終判断は人間の目で

 採集した遺留指紋の持ち主が誰か。それを調べるため、指紋は「AFIS(エイフィス)」にかけられる。「AFIS」とは「Automated Fingerprint Identification System」の略で自動指紋識別システムのことだ。このシステムには警察庁が一九八二年から管理するおよそ一〇二〇万件(二〇一二年末時点)の指紋のデータが入っている。このビッグデータと照合し、合致するものがあれば、遺留指紋の持ち主が特定されるわけだ。

 AFISを使うにあたっては、まず採集した遺留指紋をライブスキャナという機器で画像として取り込む。不鮮明な部分が多い遺留指紋だが、画像処理することで鮮明に浮かび上がらせることが可能だ。そしてコンピュータが「特徴点」を自動的に抽出する。

 照合にかかる時間は指紋一件につき〇・一秒。ただし、ここでAFISが行うのはあくまで特徴点の一致を検索することだけである。本当に遺留指紋と一致するかの最終的な判断は、指紋鑑定官の資格を持つ三人の鑑識課員が合議。一二カ所の特徴点の一致を目指してそれぞれがルーペを使って鑑定する。そして首席指紋鑑定官が「一致」のゴーサインを出す。つまり最後は経験に裏打ちされた「人間の目」で判断するのである。

■指紋はホシを追い詰める近道

 塚本氏は自らが監修した刑事部鑑識課の資料でこう述べている。

「指紋の鑑定にしても、当庁では極めて対照困難な指紋の場合、ルーペでのぞいてみても特徴点が四~五点しか指摘できないものでも粘り強く写真判定して対照の指紋を五倍に拡大し、一二点の特徴点を指摘しています。当庁では年間数百件の写真判定を処理し、毎日毎日が薄氷を踏む思いで粘り強く詰めに詰めて『符合する』『符合しない』あるいは『対照不可能』の決定をしており、それらの豊富な知識、技能、経験から絶対に負けないという自信を持っています」

(中略)

 塚本氏は筆者のインタビュー取材後に「自宅でも出来る指紋の採取方法」を教えてくれた。鉛筆などで黒く塗りつぶした紙に親指を押し付ける。そして短く切ったセロテープにその親指を押し付けると、くっきりと指紋が残るのだ。

 塚本氏は笑顔でこう語った。

「実際の現場にははっきりと残っている指紋などほとんどない。可能な限りのあらゆる方法を使って指紋、掌紋を浮かび上がらせる。それがホシを追い詰める何よりの近道」