元サッカー日本代表・鈴木啓太が「うんちバンク」を創設? アスリートの便を分析してサプリ開発

ライフ 2021年09月21日

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 Jリーガーのセカンドキャリアとしては異例。こともあろうにアスリートのうんちを集める道を選んだのが鈴木啓太氏。それらを収集、保管する“バンク”まで作り、分析することでサプリを開発。目指すのは健康な競技者たちと同等の腸内環境を再現することだ。

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 2015年のこと。当時Jリーガーだった鈴木啓太さん(40)とラグビー日本代表でウイングの松島幸太朗選手が仲間たちと食事のテーブルを囲んでいた。

「幸太朗、頼みがあるんだけど」

 鈴木さんが松島選手の顔を見る。

「なんですか?」

「うんちをオレにくれないかな」

「えっ?」

「君のうんちが欲しいんだよ」

 鈴木さんは真剣だった。

 Jリーグ、浦和レッドダイヤモンズで16年間プレー。主にボランチとして、日本代表でもプレーした鈴木さんはベンチャー企業、「AuB株式会社」を創業した。

 アスリートたちのうんちを集め、そこから腸内フローラ(腸内細菌叢(そう)。細菌が腸の中に花畑のようにぎっしり並んでいるのでこう呼ぶ)を分析している。

 その最初のサンプル提供者として、鈴木さんは松島選手に目を付けた。

「幸太朗はチャンピオンズリーグをヨーロッパまで観に行くほどのサッカーファンで、僕とは長い付き合いです。そして、一流のアスリート。検体提供者1号としては申し分のない選手です。しかも年下。上下関係を重んじる体育会系なので、僕の依頼は断れません」

 数日後、鈴木さんのもとに瓶に入れられ固く蓋をされたうんちが届けられた。

 鈴木さんが自分のうんちに関心をもつようになったのは4歳のころだった。

「うんちは、いつもちゃんと見てから流しなさい」

「健康で暮らすには、腸が大切だよ」

 母親に言われていた。

「幼いころは女の子と間違えられるくらい色白の体の細い子どもで、心配だったのでしょう。母親は調理師の資格を取って、家族の食事に気を遣ってくれました。幼稚園に入るころには自分でお尻を拭くようになりますよね。すると、うんちをしたらきちんと見なさい、と言われました。黄土色でバナナみたいな大きいうんちなら合格。色やかたちやにおいがいつもと違ったら、報告しなさい、と。母は、健康でいるには腸の働きが大切だと考えていたのです」

 鈴木家の冷蔵庫には繊維質が豊富な食べ物や発酵食品が常備されていた。

「海苔、納豆、梅干し、枝豆が毎日のおやつでした。今思うと、腸内環境をよくする食べ物ばかりです」

 サッカーの名門、東海大学第一中学校(現・東海大学付属静岡翔洋高等学校中等部)、東海大学付属静岡翔洋高等学校時代には、食生活も、排泄にも、さらに意識が高まった。

「全国大会で優勝するレベルの学校なので、仲間たちもその親たちも、食べるものには注意していました」

 同期に一人、ずば抜けて身体能力が高い選手がいた。

「50メートル走は5秒台、垂直跳びは1メートルを超えていました。彼の自慢は、うんちのでかさでした。オレのは太くてとぐろを巻いている、と自慢するんですよ。こいつは動物として優れている、と思って見ていました。サッカー選手は、食べることも出すことも仕事だという思いが強くなった時期です。高校は寮生活でしたが、幼いころからの母親の教えに従っていたので、繊維質の多い食品や発酵食品はもちろん、腸内細菌の死菌(死滅した乳酸菌など)が入ったサプリメントも摂っていました」

 高校時代の生活は、起床、寮の掃除、朝食、朝練、授業、昼食、授業、午後練、夕食、自主トレ。このサイクルを火曜日から金曜日までくり返す。土日は試合で、月曜日が休み。

「バナナのような一本グソが出た日は、練習でも、試合でも身体のキレは抜群でした。腸のコンディションが身体の動きと関係することがよくわかりました」

 幼少期から腸の健康を意識してきたので、Jリーガーになったころには健康的な腸内環境ができてきた。

「レッズではチームの寮に入りました。食堂には納豆やヨーグルトが常備されていたのはありがたかった。たくさんの種類の食品を食べることを心がけました。腸内細菌もバリエーション豊かになると思ったからです。おかげで、腸内環境をいい状態に維持することができました」

 キャリアを重ね一人暮らしを始めても、チームと相談し、寮で食事をとる契約にするなど気を遣っていた。

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