「ハコヅメ」が描くシスターフッドと激務すぎる交番勤務のリアル

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 日本の警察・刑事ドラマが、ある病にかかっている。どこもかしこも「上層部が不祥事隠蔽」「政権と黒い癒着」「正義より大義、人命より沽券」。ある意味事実というかノンフィクションだが、まあ、どのドラマも同じ構図で飽きちゃった。しかも男祭りだし。そんなとき、純朴にもほどがあるおかっぱ頭の警察官が迷い込んできちゃったから、そりゃもう温かく見守るさ。日テレの「ハコヅメ」である。

 演じるのは永野芽郁。よくある「ドジっ娘新米警官のゆるふわお仕事物語」かと思いきや。初回から退職願を準備、つまり仕事に心底辟易(へきえき)しているヒロインだ。カップ麺を食う暇もないほど通報に次ぐ通報、24時間勤務でカタギの人と疎遠に。ダサくて通気性の悪い制服で全身汗疹(あせも)だらけ、装備品が当たる腰骨部分には常にアザ。女性警察官のリアルなぼやきと呪詛が満載で、グッと惹きつけられたよ。

 永野は弱音も愚痴もちゃんと言葉にする。警察官や大人としての甘さはあるものの、決して媚びず。いらんことまで口にするだけの図々しさは、逆に頼もしい。「泣くし、笑うし、文句も言うし!!」というキャッチコピーどおりだな。看板に偽りなし。好感がもてる。

 警察官の仕事に失望している永野とバディを組むのが戸田恵梨香。警察学校を首席で卒業、刑事課の元エース。勘と嗅覚が鋭く、めっちゃ細身なのに腕っぷしも強く、嫌味の語彙も豊富。THE・男社会の警察組織でも逞(たくま)しくしなやかに渡り歩く警察官という役どころ。

 このコンビがいい。女同士でも容姿や年齢を罵倒し合う女性バディモノが多かったせいか、永野&戸田の距離感がなんだか心地よい。警察官としての才覚に雲泥の差はあるものの、永野が徐々に職業意識に目覚めていく姿を見守る自分がいる。手厳しくも優しく寄り添って鍛えていく戸田の先輩っぷりも素敵だ。私の中の理想の上司ランキングにエントリー。戸田もその域に来たのかと思うと、感慨深い。

 交番の警察官が主役のドラマもいくつかあったが、だいたいが持ち場を離れて、人情で事件解決するっつう無責任かつ安易な印象だ。

 ハコヅメが教えてくれたのは、交番勤務の警察官の日常。実に地味で、面倒臭い書類仕事と厄介な通報案件で満たされている。交通違反の取り締まりで浴びせられる罵詈雑言(ばりぞうごん)の数々、落とし物探しから認知症の高齢者のケアまで担いつつ、病死した人の検視に立ち会うことも。配属署との連携でこき使われ、時には無駄なセレモニーにも付き合わされ。事件や事故が起きれば、駆け付けなければいけない激務中の激務。正義感だけではやってられんわな。

 これを熱血一辺倒で描いていたら、たぶん観ていない。自問自答と逡巡、時に諦観や絶望を抱きながらも、「警察官もひとりの人間でひとりの女性」を永野&戸田がきっちり見せてくれる。

 戸田が刑事から交番勤務になった理由は後半で。そこにもリアルな女性警察官の苦悩が見えてくるに違いない。あ、苦悩を全力で避けるハコ長・ムロツヨシも、よき緩衝材になってるよね。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2021年9月2日号掲載

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