ユネスコが「軍艦島」展示内容に「強い遺憾」 元島民は怒りの声

国際 週刊新潮 2021年8月26日号掲載

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 前代未聞の決議採択に軍艦島の元島民は怒りを抑えきれなかったという。この背景を検証すると、国を挙げた韓国の働きかけと「徴用工」訴訟を支援する日本の市民団体の存在が浮かび上がる。ユネスコが元島民の声に耳を傾け、本来の役割に立ち返る日は来るのか。

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 オリンピック開会前夜のことである。会議室のモニターで、中国の福建省福州で開催された国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会(オンライン形式)を見ていた。田学軍議長は「明治日本の産業革命遺産についての決議を審議なしで採択する。なお、決議に関する声明や宣言は一切行われない」と発言。長崎市の端島(はしま)炭坑(通称・軍艦島)を含む世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」について、ユネスコは7月22日、戦時徴用された朝鮮人労働者に関する「産業遺産情報センター」の説明が不十分だとして「強い遺憾」を盛り込んだ決議を採択した。決議に付されたユネスコとイコモス(国際記念物遺跡会議)の合同調査報告書は、日本政府が東京都新宿区に開設した「産業遺産情報センター」の端島炭坑の展示に対し、「犠牲者を記憶にとどめる」措置としては、「より暗い側面」を含め「多様な証言」を提示するよう求めている。審議なしの議長裁定であり、極めて政治的な決議であった。世界遺産条約においては、歴史解釈における国家の主権が認められている。ユネスコが調査団を派遣し、「保全」の問題ではなく「展示」で是正の決議をするのは前代未聞である。

 朝刊でこのニュースを読んだ端島元島民の加地英夫さんは怒りを抑えきれなかった。「自分たちが話をしてきたことは無駄だったのか? GHQ(連合国軍総司令部)は戦後2回も調査にきた。その時にちゃんと調べている。朝鮮の人とも一緒に机を並べて仲良くやってきた。ユネスコはなぜ私たち元島民一人ひとりの話を聞かないのか?」。電話口で興奮した声が聞こえてきた。6年前はドイツで、そして今年は中国で、なぜ島民の思いを踏みにじる政治的な決議が行われたのか。それを避けることができなかったのか、自戒の念を込めて、その背景を検証したい。

 今回の決議が行われたきっかけは2015年ドイツのボンで開催された第39回世界遺産委員会での、日本政府代表団佐藤地(くに)ユネスコ大使の発言に遡(さかのぼ)る。イコモスで登録勧告を受けていながら、日本は韓国とドイツの圧力に負け、議長裁定の中で大使が英語で行ったスピーチで「意思に反して連れて来られ、きびしい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者がいた」「日本は、インフォメーションセンターの設置など、犠牲者を記憶にとどめるための適切な措置を説明戦略に盛り込む所存である」と発言。世界を驚かせた。日本政府は闘わずして負けたのだ。

韓国の働きかけ

 その当時、世界遺産委員会が開かれたボンの会場付近では、灼熱の太陽の下、異様な光景が繰り広げられていた。会議場の入り口では、韓国の市民団体が大量のビラや文書を配布していた。「目覚めよユネスコ、目覚めよ人類」「ユネスコは良心の呵責に耐えられるのか」「盗まれた国、拉致された人々」。表紙には軍艦島の写真が掲載された。いずれもアウシュビッツを想起させるようなグロテスクな写真が掲載されていた。各国の代表が宿泊するホテルでは、民族問題研究所(後述)など韓国の市民団体がイベントを開催していた。その会場で「端島は地獄島である」という発表をした日本人活動家がいた。このプレゼンにより当時150カ国から訪れていた委員たちは端島を「朝鮮民族が過酷な労働で苦しめられ、死んでいった場所」として記憶した。地元紙の南ドイツ新聞は「(中国や韓国の強制労働者)千人以上がこの島で死んだ。死体は海か廃坑に投げ捨てられた」と荒唐無稽な記事を掲載した。後に島民たちが抗議文を送ったところ、記述は訂正されたが、これらの無責任な報道は、多くの端島元島民の心を傷つけた。

 端島という戦前より機械化された巨大な海底炭鉱で、増産体制を背負う産業戦士たちが、どのように職場を運営したのか、事業現場や暮らしがどのような様子だったのか。世界遺産の登録後、一次史料を基にした正確な展示が必要であるということから、私たちは調査に入り、当事者たちの証言を記録していった。2015年時点で、職場の記憶は十分に整理されておらず一次史料は散逸し、戦時中の端島を知る元島民たちの証言は収録されていなかった。6年間、端島元島民と共に、戦時中の炭鉱(ヤマ)の記憶、戦禍のなかで増産体制を支えた職場と暮らしの記憶を集めた。島民自らが主体となって繋がり、記憶の糸を辿って、事業現場を維持してこられた皆さんの声を収録し、出典の明らかな資料を集め、現在のセンターの展示にいたった。

 日本政府が産業遺産情報センターを計画通り2020年3月に開設すると、韓国は世界遺産の取り消しを求めてきた。ユネスコの世界遺産センターは同年6月、「世界遺産価値に毀損がない限り、登録抹消できない」と回答したものの、韓国は納得しなかった。産業遺産情報センターの展示に強い懸念を表明し、活動団体と共に運動を展開してきた。

 韓国政府は、日本政府が実施しているインタープリテーション戦略(理解増進・情報発信)について、(1)2015年の登録時に出された各資産の全史の展示と、「強制労働の犠牲者の記憶を遺す」という要件を満たしていない(2)ドイツの鉱山などは歴史のダークサイド(暗部)を認めて、犠牲者を悼む表現で展示しているが、こうした施設と比べると、情報センターにはそのような展示がされていない(3)韓国政府、日本の市民団体を含む関係団体との対話が行われていないと、センターへの懸念を表明した。

 韓国の動きに呼応してユネスコは2021年6月、イコモスとの合同調査団を日本に派遣した。ユネスコが派遣した調査員は3名であるが、実際に来日したのはドイツ人女性1人で、他の2名(オーストラリアとベルギー)はワクチン接種が間に合わず、リモートでの対応になった。

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