中国「王毅外相」はなぜ外交慣例を破ってまでタリバン幹部と会談したのか

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 アメリカがまったく予想しないスピードで、アフガニスタンのガニ政権は崩壊し、8月15日、タリバンは首都・カブールを瞬く間に制圧した。

 これに先立って、7月28日、中国の王毅外相は天津で、タリバンの最高幹部の一人・アブドゥル・ガニ・バラダルと会談した。中国は、コロナ対策のため、首都北京で外国要人と面会することはなく、北京に近い天津での面会となった。王毅は、アメリカの対アフガン政策の失敗を批判し、タリバンとの融和姿勢を打ち出した。その半月後にタリバンが政権を打倒したことで、中国の先見性が目立つかたちになったが、当の中国もこんなに早くタリバンが首都を制圧するとは、想像していなかっただろう。ただ、アメリカが撤退すればいずれ確実にタリバンが政権を取ると見越していたあたりは、さすがの感がある。

 驚いたのは、中国が、7月の時点ではまだ反政府勢力だったタリバンを外国からの賓客として招いたことだった。周知のように、中国国内では、反政府勢力の存在は認められていない。香港で、中国共産党に批判的な団体が、壊滅的な打撃を与えられているのは報道の通りだ。しかも中国国内のイスラム教徒は、欧米が指摘するように、新疆ウイグル自治区でひどく人権を抑圧されている。

 矛盾した状況の中で、中国が外交慣例を破ってまで、タリバン幹部との面会に踏み切ったのは、やむに已まれぬ事情がある。

 今年1月、当時のアメリカ寄りアフガン政府は、首都カブールで、中国国家安全部員と見られる武装集団10人を拘束した。国家安全部は、アメリカで言えば、CIAに相当する中国のスパイ部門だ。詳細は明かされていないが、中国人らは、タリバンの中でも、最強硬派の「ハッカーニ・ネットワーク」と接触していたとみられている。

 なぜか?

 中国の新疆ウイグル自治区は、アフガニスタンと国境を接している。細長い国境地帯は、シルクロードの一部で、西遊記で有名な玄奘三蔵も孫悟空らをともない(?)この道を通って中国に帰国したと言われている。この道は今は、中国側で封鎖されているが、遊牧民などの通行は例外的に認められている。要は、日本では想像できないような奥深い山中で、完全な封鎖などできないわけだ。この道は、タリバンの主要な資金源であるアヘンの中国への密輸ルートになっている。

 そして、より重要なのは、この道が、中国国内、主に新疆ウイグル自治区内の反中国政府のイスラム勢力に対する支援ルートになっていることだ。タリバンという言葉のもともとが神学生を意味している通り、イスラム教を強く信奉する勢力だ。イスラム教を広めるためならテロもいとわない。イスラム過激派とかイスラム原理主義者と言われる所以だ。だから、タリバンとしては、新疆ウイグル自治区のイスラム教徒らを支援したくなるのだが、中国国内でタリバンお得意のテロ攻撃などがあれば、中国としては、たまったものではない。そこで、タリバンが中国国内のイスラム勢力と手を結ぶことがないよう情報収集していたのがカブールで拘束された中国の国家安全部員であり、王毅が天津でバラダルと会談したのも、タリバンに釘を刺すことによって、なんとか中国国内でのテロ活動を防ぎたいというのが第一目的だろう。

中国人技術者10人がテロの犠牲に

 中国は、同じくイスラム国家であるパキスタンとは友好関係にある。アフガンの隣国・パキスタンは長年タリバンを支援してきた。中国はパキスタンに毎年多大な経済援助を行っており、今回のコロナ感染でも、いちはやく数十万枚のマスク、数百台の人工呼吸器、新型コロナワクチンをパキスタンに空輸した。しかもパキスタン政府は、中国からの援助を受けることに積極的で、他の国で反中国デモが起きているのに比べると、パキスタン援助はうまくいっていたかに見えた。そこに大きく水を差したのは、王毅がバラダルと会談する2週間ほど前、7月14日にパキスタン北西部の町で起きた反中テロだ。バスが爆破され、現地のダム建設に関わる中国人技術者10人が殺害された。容疑者は、パキスタン・タリバン運動のメンバー。パキスタン・タリバン運動という組織は、アフガンのタリバンの親戚のようなものだろう。デモどころかテロが起きて中国人が標的にされたのは、中国政府にとっても衝撃だった。こんな連中が、中国国内に流入するのは困るし、中国国内のイスラム教徒を支援するのも認めがたい。

 中国としては、アメリカの援助が見込めないタリバンを経済的に援助して、懐柔し、なんとしても国内でのテロや反政府活動を防ぎたいというのが本音だ。

 ただ、先述したように、タリバンは、最終的には経済建設よりも、イスラム教徒の拡大を優先するだろう。その場合、国内でイスラム教徒を抑圧する中国とどこまで同床異夢が続くのか……なんといっても相手はイスラム教のためにはテロをも辞さない人々だ。王毅外相はもちろん、習近平国家主席の心配の種も尽きないだろう。

武田一顕(たけだ・かずあき)
元TBS北京特派員。元TBSラジオ政治記者。国内政治の分析に定評があるほか、フェニックステレビでは中国人識者と中国語で論戦。中国の動向にも詳しい。

デイリー新潮取材班編集

2021年8月22日掲載

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