資生堂が広告媒体費の90%以上をデジタルにシフト 苦境のテレビCMはどうなるのか

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 民放に投じられる広告費の減少が止まらない。その上、民放の黎明期からの有力スポンサー・資生堂が2023年までに広告媒体費の90%以上をデジタルにシフトするという。民放が岐路に立たされている。

 ちょうど1年前の2020年8月、民放界に衝撃が走った。化粧品最大手の資生堂・魚谷雅彦社長(67)が、2023年までに広告媒体費の90%以上をデジタルにシフトすると表明したからだ。

 魚谷氏は元日本コカ・コーラ社長で、いわゆるプロ経営者。改革の人だ。今年、シャンプー「TSUBAKI」や男性用化粧品「uno」などのパーソナルケア事業を、投資ファンドに売却し、同業者をあっと言わせた。広告媒体費のデジタル・シフト改革も断行するだろう。

 資生堂の年間売り上げは1兆円近い。毎年、その25%前後を広告媒体費として使っているから、約2500億円。化粧品はブランディングが物を言うので、各社とも宣伝には力を入れている。

 約2500億円の広告媒体費のうち、デジタル分は半分の約1250億円だった。残り約1250億円の多くがテレビCMに使われていた。それが雲散霧消したら、民放のダメージは計り知れないはずだ。

 さらに深刻なのは他社も追従してしまう可能性があること。リーディングカンパニーの資生堂がデジタル・シフトで成功を収めたら、ライバル社も指をくわえて見ているはずがない。

 テレビCM全体のうち、化粧品・トイレタリーの割合は約10%もある。これが限りなくゼロになったり、激減したりすると、民放は会社経営の抜本的な改革を迫られるはずだ。

 そもそも資生堂は民放とともに歩んだ会社。日本のバラエティー番組の草分けは同社が単独で提供し、草笛光子(87)がMCを務めた「光子の窓」(日本テレビ)なのだ。同社と日テレが二人三脚で制作した。

 現在、「おしゃれイズム」を放送している日テレの日曜午後10時からの30分間の枠は1987年から資生堂が単独提供している。同社ほど民放と関わりの深い会社はまずない。それが離れていったら、民放の喪失感は大きいだろう。

 予兆はあった。例えば同社のYouTubeは目を見張るほど充実していた。2015年、星野源(40)と二階堂ふみ(26)のダブル主演でメーキャップブランド・マキアージュのオリジナルショートムービー「Snow Beauty」を自社サイトで公開。二階堂は恋する雪女に扮するもので、評判になった。

 2017年には広瀬すず(23)、中川大志(23)、北村匠海(23)、佳島みさ(18)による青春恋愛ドラマ「シーブリーズ チェンジストーリー」が同社のシーブリーズの公式サイト内で公開された。再生回数は800万回を記録。こちらも中高生の間で話題となった。

 現在の資生堂の公式YouTubeチャンネルの登録者数は約7万1200人。少ない気もするが、一方で学園ドラマ風のショートムービー「High School Girl? メーク女子高生のヒミツ」は再生回数が約1157万8000回を超えている。

 魚谷氏はデジタル・シフトを表明する際、ROIを高めるマーケティングに舵を切るとした。ROIとは費用対効果のこと。つまり広告媒体費に対する利益をより高めると宣言したのである。

 これはテレビCMの苦手とするところ。そもそもテレビのCMは費用対効果を計ること自体が難しい。「CMが商品の売り上げにどれくらい貢献したか」が分かりにくいのだ。

 さらにスポンサーは広告を届けたい消費者のターゲットを絞り込みたいが、テレビCMはこれも難しい。例えば「20代の女性に限定してCMを見せる」というのは至難だ。

 一方、デジタルの場合、ターゲットの年齢や性別を絞った広告が可能。またインターネット広告はCTR(クリック率=広告の表示回数のうちクリックされた回数)やCV(コンバージョン=商品購入など最終的な効果)も容易に把握できる。

 もちろんテレビCMにも長所は多い。CMはネット広告よりイメージがはるかに良いことが分かっており、リーチ(広告到達率)力も高い。自然と視聴者の目に飛び込むという特性もある。だが、このところ劣勢だ。

 6年前の2015年に民放に投じられた広告費の総額は1兆9323億円だった(電通調べ)。一方、ネットに費やされた広告費は1兆1594億円。民放がかなりリードしていた。

 それが2020年には民放が1兆6559億円にまで激減し、逆にネットは2兆2290億円にまで増えた。完全に逆転した。民放がもはや成長産業ではないことが浮き彫りになってしまった。

 ダウンタウンの松本人志(57)が口にしたことにより視聴者にまで広く知られることになったコアターゲット(日本テレビとフジテレビは13~49歳、TBSは4歳~49歳)も元を正せば民放がスポンサーに対して立場が弱くなったから生まれた。

 民放はスポンサーが歓迎する購買意欲の高いコア層の視聴率を強く意識せざるを得なくなった。コア層が見る番組を意識的につくるようになった。

 とはいえ、日本の人口約1億2600万人のうち、非コア層である50歳以上の人は約6000万人もいる。人口の約半分だ。

 このため、コアの数字は番組の優劣や支持率とは全く関係ない。コアはスポンサー向けの数字に過ぎないのである。

 だが、その数字を重んじて番組づくりをしなくてはならない時代になった。制作者たちはジレンマを抱えている。

 民放のCM枠は、かつては完全に売り手市場だった。一方でスポンサーは買うために奔走した。新製品を売り出す時などにテレビCMは欠かせなかったからだ。

 今は違う。ネット広告がすっかり浸透したため、スポンサーはテレビCMに頼らなくてもやっていける。だからCM枠が売りにくくなっている。

 基本的には2クール(6カ月)が求められるタイムCMは売りにくい。タイムCMとは、番組を提供するスポンサーのCMだ。

 このため、スポンサーが付く役者が主演として歓迎される現象が起き始めている。

 有村架純(28)が主演した2020年10月期のドラマ「姉ちゃんの恋人」(制作・関西テレビ、フジテレビ系)のスポンサーには有村がCMキャラクターを務める東芝が加わった。このドラマに限っての提供だった。

 波瑠(30)が主演した同じく2020年10月期の「#リモラブ~普通の恋は邪道~」(日本テレビ)のスポンサーには風邪薬の改源が入った。やはり波瑠がCMキャラクターであり、このドラマ限定のスポンサーだった。

 もっとストレートだったのは石原さとみ(34)が主演したフジの2020年7月期ドラマ「アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋」。このドラマの場合、スポンサーが内容に飛びついた。

 石原が主人公の薬剤師に扮したところ、スポンサーには日本調剤、クオール薬局グループ、アイングループ(医薬流通サービス)、武田テバ(主にジェネリック薬品を扱うメーカー)と薬剤業がズラリとそろった。

 このドラマは薬剤師が見てくれることが期待できた上、視聴者に薬剤業を効果的にPRできるから、一挙両得だったのだろう。テレビCMが売り手市場だった時代には考えられない。

 そのうちドラマ内でスポンサーの商品が宣伝されるようになるだろう。いや、それは一部のドラマで既に始まっている。どんどん露骨になっていくのではないか。既に韓国ではそうなっている。

 では、どうすれば広告費が戻ってくるかというと、おそらくコアの導入といった小手先のことでは無理だろう。当たり前の話だが、みんながテレビにかじりつきたくなる番組をつくるしかない。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

デイリー新潮取材班編集

2021年8月20日掲載

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