小泉進次郎、名門「コロンビア大学院」留学は「特別なプロセス」 関係者が証言

国内 政治 2021年08月20日

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 17年前のアメリカ留学がポエムの原点だったセクシー大臣と、唯一のMC番組の視聴率が急降下したその妻。何かと話題を振りまく二人はまさか夫婦(めおと)漫才のつもりではあるまいが、有権者と視聴者への人気取りが裏目に……。人生いろいろ夫婦もいろいろ、である。 

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「彼の頭の中には目的地に着くための高速道路しか描けていないんだよね」

 政策通で鳴らす自民党議員は小泉進次郎環境相(40)について、こう評する。

「ある政策を実現する時に彼は最短距離でたどり着こうとする。途中で渋滞しているから休憩しようとか、一般道から迂回していこうという発想がないから、いつもうまくいかないんだ」

 確かに世論調査では常に「次の総理にふさわしい人」の上位に食い込むが、ふと彼の政治人生を振り返った時、その「成果」を思い浮かべることはなかなか難しい。農協改革や国会改革は中途半端に終わり、戦後3番目の若さで環境相として初入閣後も、有権者の心に強く印象に残ったのは「ポエム」の数々ではないか。

 公の場で「反省が伝わらないことを反省」「一緒にノドグロ食べましょう」「46という数字が浮かんできた」と、意味不明な言辞を連発。とりわけ、2019年の大臣就任直後、国連の気候行動サミットで「気候変動問題はクールでセクシーに取り組むべきだ」と英語で発言した際は、国内外で失笑が洩れた。

 恥ずかしげもなく「セクシー」と発する彼を育んだのは、関東学院大学を卒業した04年から3年にわたって過ごしたアメリカだ。当時、父の純一郎氏は現職の総理大臣。進次郎氏は難関校・コロンビア大学大学院で研鑽を積み、外交の場で英語を披露できるほどの“力”を身に付け、政治の世界へ踏み出したのである。

 その経緯を検証すると、当時も彼が“最短距離”で渡米し、栄達の道を歩もうとしていた節が見受けられるのだ。

「進次郎さんが大学を卒業する前、関東学院大学文学部の教授から“うちの学生に総理の息子がいて……”と相談を受けたのです」

 と明かすのは、ホワイトハウス事情に精通する国際関係学研究所所長の天川由記子氏。その教授は英語音声学の専門家で、現在は同大の名誉教授だが、

「私とその教授は当時、日本英語音声学会で、年に数回顔を合わせる関係でした。話を聞くと“総理の次男である進次郎君がコロンビア大学大学院に行きたいと言い出した。ジェラルド・カーティス教授の下で政治学を学び、父の跡を継ぎたいと言っている”。ところが、天下のコロンビア大学に行くには圧倒的に成績が足りていなかったそうで“推薦状を頼まれたんだけど、どうしたらいいか”という相談でした」

 当時62歳になろうとしていた純一郎氏は、かねて65歳で政界引退の時期を決めると明言していた。カーティス教授はアメリカにおける日本政治研究の第一人者で、純一郎氏をはじめとする歴代総理や有力政治家と親交を結んできたことで知られる。進次郎氏は世界最高峰の大学院で学び、学歴に箔(はく)をつけた上で近い将来の禅譲に備えようとしていたのだ。さすが“クール”な方法である。

 だが、コロンビア大学といえば、ハーバード大学をはじめとした米北東部の八つの難関校、いわゆる「アイビーリーグ」の一校。世界大学ランキング(21年度)ではコロンビア大は17位で東京大学でも36位。コロンビア大の大学院ともなれば、世界中から優秀な学生が集まってくる。かたや、彼が所属していた関東学院大学経済学部経営学科の当時の偏差値は49。同大とコロンビア大の間には、血の滲むような努力をするか、あるいは“高速道路”を架けなければ渡れないほどの学力の差があった。例えば、同大大学院ではGPAと言われる大学時代の成績評価値が3・8以上、留学に必要な英語試験であるTOEFLは満点の677点中600点(日本の英検1級レベル)が合格要件となっていた。

例外的な入学プロセス

 当時の関東学院大関係者が言う。

「大学の成績は上から優(4点)、秀(3点)、良(2点)、可(1点)、不可(0点)となっていて、進次郎さんの成績は学生の中でも平均的でした。TOEFLの成績は基準に大きく届かなかったと聞いています」

 天川氏が続ける。

「進次郎さんと面識はありませんでしたが、私は当時、日本で官房長官のアメリカ外交担当非常勤アシスタントを務めており、毎日ホワイトハウスと連絡をとっていました。そこで、まずはマイケル・グリーン氏に電話をしたのです」

 グリーン氏は当時、ブッシュ政権下で国家安全保障会議(NSC)の上級アジア部長兼大統領特別補佐官という要職にあった。

「すると、後にNSCアジア部長となるビクター・チャ氏を紹介され、“彼がコロンビア大で博士号を取得しているので詳しい。カーティス教授とも親しいから聞いてみて”と言われました。早速連絡すると“それは大変だ!”と大学院の選抜システムを細かく説明してくれました」(同)

 チャ氏は、コロンビア大学の大学院には多くの願書が届くので注意すべき点があると教えてくれた。

「アメリカの大学院に入るには幸いというべきか、大学時代の成績や試験の結果のみならず、推薦と将来性が有利に働きます。進次郎さんの武器は“父の跡を継ぎ、総理になる可能性があること”です。チャ氏は“小論文や推薦状で彼が政治家になることを強調するように”と教えてくれ、それを私から教授に伝えたのです」(同)

 そのアドバイスが功を奏したのだろうか。先の大学関係者が継ぐ。

「進次郎さんは条件付き合格となったそうです。その条件とは、TOEFLのスコアが600点に達するまでコロンビア大学内の語学講座で英語の授業を受けることでした」

 進次郎氏の公式HPのプロフィールには04年3月に関東学院大学を卒業したとあるが、コロンビア大学大学院の政治学部に入学した年については記載がない。

 先の関係者によれば、進次郎氏は1年ほど当地の語学講座で学び、修士課程をスタートしたのは05年9月という。アメリカの大学院で語学力が足りなかった場合、こうした「条件付き合格」は一般的に行われているのだろうか。

 同大学院に留学経験のある人物は、

「私は当時、TOEFLの点数がわずかに足りず、語学学校に通って600点相当の語学力のCertification(証明)をもらってこいと大学院から言われました」

 そう語る者もいる一方、留学事情に詳しいジャーナリストはこう解説する。

「コロンビア大の大学院入学にあたっては大学でのGPA、教授などの推薦状、志望動機、TOEFLのスコアや場合によっては学術論文の提出も求められます。このくらいの大学院だと、出願者はみなトップレベルのスコアや成績を提出してくるので、優秀な人たちだけで合格枠は埋まってしまう。特にコロンビアのようなトップ校では条件付き入学というのはそれほど多くなく、英語力の向上を1年も待ってもらえるというのは入学のプロセスとしては例外中の例外です」

 とはいえ、

「アメリカの大学院の審査基準は日本と異なり、点数よりも将来性が評価されます。卒業生の活躍が大学の評価を高めるという考えがあり、総理の息子だから、という要素は間違いなく影響しているでしょう」(同)

 大目に見ても進次郎氏は「特別待遇」だったようなのだ。

 進次郎氏と同時期にコロンビア大学大学院の政治学部に通った他国の研究者はこう言う。

「進次郎さんが入れたのは総理であるお父さん(純一郎)とカーティス先生との関係があったから、とはよく言われることです。先生にとってはまさに研究対象の人物ですからね」

 カーティス教授は日本の政治家の中でも故・加藤紘一元自民党幹事長と懇意にしていたことで知られる。加藤氏が16年に亡くなった際には、葬儀で弔辞も読んだほどだった。

 永田町関係者の談。

「加藤さんとは1975年に日米議員交流プログラムで出会い、02年に秘書の不祥事で辞職した加藤さんを特任教授としてコロンビア大学に招き、授業を持たせたことも。カーティスさんは学内で力を持っており、加藤さんの娘で現在、衆院議員の鮎子さんも、コロンビア大学大学院へ留学しています。カーティスさんは加藤さんや『YKK』として盟友だった純一郎さんとも食事をする仲でした」

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