アリをゾンビ化して“死ぬ場所・時刻”まで操る「戦慄の寄生生物」の正体

国内 社会 2021年08月17日

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 ゴキブリを奴隷のように支配したり、泳げないカマキリを入水自殺させたり――、あなたはそんな恐ろしい生物をご存じだろうか。

「寄生生物」と呼ばれる彼らが、ある時は自分より大きな宿主を手玉に取り翻弄して死に至らしめ、またある時は相手を洗脳して自在に操る様は、まさに「えげつない!」。そんな寄生者たちの生存戦略を『えげつない! 寄生生物』(成田聡子・著)からご紹介!

脳を乗っ取られた「ゾンビアリ」の生涯

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「この話を聞いても仲間はきっと信じないだろう。僕が目にしたものは、現実とは思えないほどおぞましいものだった。そうだ、僕が見たものはきっと現実じゃない。あの一連の出来事は誰にも言わず、早く忘れた方がいいんだ」

 そうして、僕は静かに目を閉じた。

 僕たちはこのアマゾンの森ではちょっと知られた存在だ。この立派な大顎を見てほしい。この大顎で、仲間と大群を作って自分たちの体より何倍も大きい相手を倒すこともできる。

 それに、僕たちは樹木の中に立派で美しい家を作ることもできる。だから、僕たちをカーペンター(大工)アリと呼ぶ人もいる。

 仲間や家族と一緒に狩りをしたり、協力して立派な家を作っていくことに僕たちは生きがいを感じている。

 だから、群れから離れて仕事をさぼろうとする奴なんてほとんどいない。

 だけど、この頃、嫌な噂を耳にした。

 ある日突然、群れからふらふらと離れて行く奴がいるって。そして、そうやって離れていった奴は二度と群れに戻ってこないんだって。

 それまで、僕は自分の仕事に夢中で離れていく仲間がいるなんて目に入っていなかった。だけど、この噂を聞いてから仕事中も周りをよく見るようになった。

 そして、ある日、僕は群れから離れていく奴を見つけた。僕は急いで、そいつの後を付けていったんだ。

 そいつは、群れから離れると狂ったように歩き回って何かを探しているみたいだった。

 さらに、その歩き方は何となく気味が悪かった。なんていうんだったっけ。そう、ゾンビみたいなフラフラとした歩き方なんだ。

 そいつは、ジメジメとした場所で急に立ち止まり、そこに生えていた草に登り始めた。そして、僕たちの自慢の大顎でその草の葉にしがみついた。僕は、その草の近くに身を潜めて、次にそいつがどうするかをこっそり見守ろうと思った。

 その後、どのくらいたっただろう。さっきまで明るかった辺りは暗くなり、葉にしがみついた仲間もそのままだ。

「いや、違う! 死んでいる!」

 僕の仲間は大顎で葉に噛みついたまま絶命していた。

「なぜ……、なぜなんだ……」

 僕は、仲間の屍を見上げながら、動くことができなかった。

 そして、日がどっぷりと暮れて、静かな闇が辺りを包んだ。月明りで照らされた仲間の屍はそのシルエットがはっきりと浮かび上がっている。

「このまま、ここにいても僕には何もできはしない、群れに帰ってみんなにあるがままを話そう」

 帰る前に、最後にもう一度だけ謎の死を遂げた仲間の姿を目に焼き付けておこうと振り返った。すると、どうだろう、仲間の頭に何かが付いているように見えた。

「あれは、なんだ?」

 良く目を凝らして暗闇に浮かぶ屍となった仲間のシルエットを見つめた。すると、その何かはさらに仲間の頭部からニュルリと出てきたように見えた。

「何か恐ろしいものが仲間の身体の中にいる」

 そう直感した。

 あまりの恐怖に耐えられなくなり、僕はその場から走り去った。

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 恐怖のどん底に落とされた主人公はブラジルの熱帯雨林などに住む「カーペンターアリ」です。群れを離れて、ふらふらと歩きだした仲間は、この時すでに「あるもの」に心も体も乗っ取られていました。その「あるもの」とは「キノコ」や「カビ」の一種です。鍋に入れたり、焼いたり、炒めたりするだけで簡単に美味しくいただける、あのキノコの仲間です。

 キノコは真菌と呼ばれる生物の一種です。この真菌には、キノコ・カビ・酵母などが含まれます。細菌よりも大きく、細胞の中に細胞核と呼ばれる細胞小器官をもっています。

 キノコは、木や土の中に菌糸を張ります。この表面に出ない菌糸の部分が、キノコの本体ですが、私たちはほとんど目にすることはありません。では、いわゆる「キノコ」として売られて私たちが食しているあの部分は何でしょうか。それは、「子実体(しじつたい)」と呼ばれるものです。

 ゾンビアリの頭からニュルリと出てきたのは、実はこの「子実体」の部分です。このように、子実体としてのキノコを作り、そこから大量に次のキノコの種となる胞子を撒くのです。

 キノコとカビは分類的にはほとんど差がありません。唯一の違いは、胞子を作る「子実体」が、キノコの場合は肉眼で見える程に大きくなり、カビは大きくならないという点です。「キノコ」という名称も、菌類のうちでも比較的子実体が大きいもの、あるいはその子実体じたいにつけられた俗称なのです。

 今回、アリの頭から生えてきた子実体は肉眼でも見えますが、食べ応えがあるほど大きくはないので、ここではアリから生えてきたものは「カビ」と呼ぶことにします。

 では、この先は頭からカビが生えたアリの体内で何が起こっていたかを見ていきましょう。

アリ体内に侵入する寄生カビ

 カーペンターアリに感染して寄生するのはカビである子嚢菌類の一種です。

 感染の経路はまずカビの胞子がふわふわと上から落ちてくるところから始まります。そのカビの胞子はアリの「気門」から体内に侵入します。「気門」は昆虫特有のもので、空気を取り入れるための器官です。

 体内に入ったカビはアリの組織を溶かしながら進み、最終的に脳にまで深く侵入していきます。そして、アリの脳まで達すると、アリの脳を支配し、アリの行動を操ることができるようになります。

 このカビに感染したアリは、感染して死亡するまで3~9日ほどかかります。この間、アリの体内ではカビの感染が広がっていますが、自分の巣で他のアリと接触し、エサも食べるなど、いつもどおりの生活をおくります。

脳を乗っ取られたゾンビアリの目指す場所

 アリの体内に広がったカビの発芽時期がくると、アリの行動は完全にカビに支配されます。フラフラとゾンビのように歩き回って、体内にいるカビの生育に最適な温度と湿度の環境を探します。

 カビにとって好都合なジメジメとした暖かい場所まで移動すると、アリは植物によじ登って葉に大顎で噛みつきます。葉の葉脈の部分にガッチリと噛みつくと、体を葉にしっかりと固定させます。この行動の後に、アリは絶命します。しかし、アリが死んだ後であっても、アリの噛みついた顎は外れず葉にくっついたままになっています。

 寄生されたアリを観察した論文では、このアリを解剖したところ、葉脈に噛みついた時点で、アリの頭部はすでにカビの細胞が充満していたことがわかりました。さらに、寄生されたアリは下顎や顎の筋肉が萎縮していました。これにもカビの戦略があると考えられています。寄生カビは下顎や顎の筋肉の中のカルシウムを吸い上げ萎縮させることで、死後硬直と同じ状態を作り出していたのです。このことにより、アリが死んでも、顎が葉から外れることを防いでいると考えられました。

死ぬ時刻さえ操られる

 この寄生カビは感染したアリの死ぬ場所だけでなく、その時刻さえ精密に操っていることがわかってきました。

 このカビに寄生されたアリは、ほぼすべての個体が正午近くに死ぬべき最終地点に到達します。アリが葉脈に最後に噛みつくのは正午ですが、実際にはアリは日没まで生きています。そして、日没になると絶命します。その後、夜になると寄生カビがアリの頭を突き破って発芽します。

 アリの体内にいるカビは、アリの体の中にいるときは守られていますが、発芽して外に出ると無防備な状態になります。多くのカビの場合と同様に、この寄生カビも高温や太陽光には弱く、暑い日中に発芽してしまうと死んでしまう確率が高まります。そのため、アリの頭を突き破って発芽するプロセスを、涼しい夜の間におこなうようアリを操っていると考えられています。

 そして、アリの死骸を苗床としてアリの頭から子実体をニュルリニュルリと発芽させます。この子実体が大量に抱えた次のカビの子となる胞子を、放出します。このカビの胞子は粉状で、それが地上にゾンビパウダーのごとく降り注ぎ、地上にいるアリに再び寄生するのです。

 このように、自分の意思で動くこともできず、粉(胞子)と菌糸でできているカビのような生物であっても、寄生した相手の行動を複雑に操作する驚くべき戦略を持っているのです。

【番外編】ゾンビ昆虫は健康に良い?

 カーペンターアリに寄生するカビのように、昆虫の行動さえ操るカビはとても珍しいです。しかし、昆虫の頭からニュルリとカビの子実体が出てくる例は他にもあります。

 それは、「冬虫夏草(とうちゅうかそう)」です。この冬虫夏草は、古来から強壮・精力増強、疲労回復、諸病治癒、不老長寿に著効ある高貴薬として、中国の宮廷を中心に常に珍重されてきました。

 実は冬虫夏草とは、昆虫と菌種の結合体で、セミやクモなどの昆虫に寄生したカビの総称です。

 これらの昆虫もカビに寄生され、昆虫の死後、その頭からこん棒状のカビの子実体を発芽させるのです。

 高級漢方としては、コルディセプス・シネンシスと呼ばれるコウモリガ科の幼虫に寄生したものが有名です。

高級漢方ゾンビ昆虫ができるまで

 冬虫夏草は冬の間は虫であり、夏になると草(キノコ=カビ)になってしまうという不思議な現象から付けられた名前です。

 冬虫夏草のでき方を見ていきましょう。

 夏の間、昆虫は卵から幼虫に成長し、土の中に潜っていきます。土の中に潜った幼虫は植物の根の栄養分をエサとして成長します。この時、この土の中で「冬虫夏草」のカビに感染してしまうのです。

 カビは生きた昆虫の体内に侵入し、昆虫の栄養分を体内で吸収しながら、広がっていきます。

 カビに養分を取られた昆虫は危険を感じるようになり、必死に地面から這い出ようとします。しかし、地面から出る前にカビのせいで死んでしまうのです。

 土の中で死んだ昆虫の体内ではカビが死肉から養分を吸収して成長を続けます。このとき、寄生された昆虫は外側は昆虫の形をしたままですが、中身はカビに食いつくされています。外見は昆虫ですが、その中身はカビ、まさに、ゾンビ状態です。この状態が「冬虫」と呼ばれます。

 そして冬が終わり、夏が来ると、このゾンビ化した昆虫の頭から発芽した小さな頭(菌の子実体)が地表に出て、少しすると子実体はこん棒状にニュルリと伸びます。これが「夏草」と呼ばれ、「冬虫夏草」が完成します。

 こうした昆虫に感染するカビの生態は多くの謎に包まれています。ですが、カビと宿主である昆虫種の組み合わせはほぼ決まっています。

デイリー新潮編集部

2021年8月17日掲載