夏の甲子園、まさかのサヨナラ劇…「報徳の本盗」「宇部商の悲劇」そして「金足農の奇跡」

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積極果敢な“神走塁”

 一方、前代未聞の逆転サヨナラ2ランスクイズで奇跡的な勝利を手にしたのが、2018年に“さわやか旋風”を起こした金足農だ。

 準々決勝の近江戦、1対2とリードされた金足農は、先頭の高橋佑輔が左前安打で出塁すると、菊地彪吾も左前安打で続き、菊地亮太は四球で無死満塁と攻め立てた。「まず1点」と考えた中泉一豊監督は、次打者・斎藤璃玖のカウント1-1からの3球目にスクイズのサインを出した。

 無死満塁でのスクイズは、一歩間違えば、本封や併殺の危険もあるが、中泉監督はチーム内でもバントの巧さではトップクラスの斎藤の「バントの精度」に賭けた。

 斎藤は三塁前に絶妙のバントを決め、スタートを切っていた三塁走者・高橋が同点のホームを踏む。ここまでは“台本”どおりだったが、直後、思わぬ幕切れが待っていた。

 チーム一の俊足を誇る二塁走者・菊地彪も、サード・見市智哉が一塁に送球する間に、自らの判断でホームを突いたのだ。

「絶対にホームに還るつもりで、投手が足を上げたときには、二塁と三塁の中間ぐらいにいた」という積極果敢な“神走塁”には、中泉監督も「正直見ていませんでした。気づいたのは、(塁間の)3分の2くらい来たところでした」と目を白黒させた。

 近江側も当然スクイズを想定していたが、スタンドの大半が金足農の逆転を期待し、独特のムードに包まれた中で、二塁走者の動きまで目を配る余裕がなかった。逆転サヨナラ2ランスクイズは、“観客を味方につけたチーム”の強みが最大限に発揮された真夏の奇跡でもあった。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2020」上・下巻(野球文明叢書)

デイリー新潮取材班編集

2021年8月13日掲載

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