沖縄で『ワンピース』より売れたラブコメ漫画とは? バナナの収穫で血まみれ…作者が語る「沖縄あるある」

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 沖縄県内の書店員が、今一番読んで欲しい本を選ぶ「第7回沖縄書店大賞」で準大賞に選ばれ、那覇市のジュンク堂書店では、『ONE PIECE』や『進撃の巨人』の最新刊の販売数を上回った『沖縄で好きになった子が方言すぎてツラすぎる』(バンチコミックス)。多くの県民に愛される理由は、沖縄に移住した作者の空えぐみさんの実体験が元になっているが故の“リアルさ”にあった。

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 2020年1月にコミックサイト「くらげバンチ」で連載が始まった『沖縄で好きになった子が方言すぎてツラすぎる(沖ツラ)』は、東京からの転校生てーるーと、うちなーぐち(沖縄弁)しか話せない喜屋武さん、2人の通訳をする比嘉さんの三角関係を描いたラブコメ漫画だ。空さんはこう語る。

「通訳がいないと会話が出来ないというのは、ストーリー上の設定ですが、実際にご近所の方と会話していると、分からない言葉がしょっちゅう出てくるので『それってどういう意味ですか』と聞いて携帯にメモしています。単語の意味は少しずつ分かるようになってきましたが、それでもうちなーんちゅ(沖縄の人)同士で話しているのを横から聞いていると、何を言っているのかよく分かりません。ましてや自分でうちなーぐちを使いこなせるようになるには、まだまだ時間がかかりそうです。うちなーぐちは、方言というより1つの言語なんだと思います」

 沖縄県民でも、うちなーぐちを使いこなせる人は多くはない。主に沖縄本島とその周辺諸島の方言を指すうちなーぐちに加え、宮古、八重山、与那国の方言をまとめて指す「しまくとぅば」を共通語と同じくらい使える沖縄県民は17.7%にとどまるという(令和2年度『しまくとぅば県民意識調査』より)。

「70代のうちなーぐちレベルに相当する」という作中の喜屋武さんは、沖縄でも希少な存在なのだ。

1カ月の沖縄滞在のつもりが……

 沖縄には、高校の修学旅行で行ったきりだったという空さんだが、移住して3年5カ月になるという。

「東京で仲良くなった漫画家の友達が、沖縄出身だったんです。その友達の地元の話が面白くて、漫画に出来そうだなと。ちょうど連載が終わったタイミングで、1カ月だけ沖縄に住んでみようと思い立ちました」(同)

 そこで期間限定の移住先として見つけたのが、うるま市のマンスリーマンションだった。那覇からは車で4、50分の距離で、観光客はあまり訪れない地域だという。

「沖縄の古くからの暮らしが残っているのどかなところです。みんなが顔見知りで、道ですれ違う時には自然と挨拶するような町なので、地域の運動会や清掃活動に参加するうちに、僕にも知り合いがどんどん増えていきました。『沖縄の漫画を描きたいんです』と言うと、次々と人を紹介してくれるんです」(同)

 延長した2カ月の滞在期間もあっという間に過ぎて、遂に東京に帰ることになった。

「『いつでも帰ってこい』、『もう家族みたいなものだから』とドラマのセリフみたいなことを近所の人が言ってくれるんですよ。本当に良い人ばかりで、去りがたかった。それに、自分が漫画にしたいのは観光地の話じゃなくて、短期間住むだけでは分からない沖縄で暮らす人々の文化や風習、普段の生活でした。本格的に移住して、沖縄の漫画を描こうと決めました」(同)

ご近所の交流が漫画に

〈沖縄の「○○しようね」は誘っていない〉、〈沖縄の人にとって、海は入るものではなく見るもの〉など、漫画に登場する「沖縄あるあるエピソード」が新鮮で面白い。

「漫画のエピソードのほとんどが、僕の実体験が元になっています。例えば、お盆の時に先祖供養のために『ウチカビ』といって、あの世で使えるお金に見立てた紙を燃やす習慣が沖縄にはあるんです(コミック2巻18話)。これは、近くの海辺を散歩している時に出会った方が、お盆の時に家に招いてくれた時の経験をそのまま漫画にしました。まず、親戚でもない僕のことをお盆の集まりに呼んでくれること自体がありがたかったです」(同)

 コロナ禍前には特に盛んだったご近所との交流が、漫画のエピソードとして生きている。

「毎週末、家に招いてご飯を振る舞ってくれるご近所さんがいて、ある時『そろそろバナナを収穫する』と言うので、手伝うことにしたんです。沖縄では、庭でバナナを育てている家が珍しくないそうで、食べてみると美味しい。ただ、収穫中に服に付いたバナナの樹液は、乾くと赤色になって血がついたみたいに見えるんです。結構悲惨な感じになりました。あと、漫画に出てくる、パイナップルが皮も剥かずに丸ごと食卓に出てきて、それを手でちぎって食べだしたことにびっくりしたという話も実際にあったことです(3巻23話)」(同)

台風で停電&断水

 8月6日発売の3巻では、てーるーが初めて沖縄の台風を経験する。

「僕が沖縄に移住して初めての夏にも、ものすごく大きな台風が来たんです。東京で経験した台風とは比べものになりませんでした。電気が停まった上に、電力で給水するタイプのマンションだったので、水も使えなくなってしまった。停電と断水が5日続いたのには参りましたね」(同)

 漫画では、沖縄を台風が直撃する中、停電した家で1人過ごすてーるーを心配して、比嘉さんと喜屋武さんが訪ねてくる。てーるーは、比嘉さんの家に避難させてもらい、沖縄では台風の日の定番というソーミンチャンプルーとヒラヤーチー(チヂミのようなおやつ)を振る舞ってもらう。

「僕のマンションが台風で停電になったときは、近所の人がお風呂を貸してくれてとても助かりました。その頃は連載開始前だったので何とかなりましたが、今は漫画をデジタルで描いているので停電したら本当に困りますね……。『台風による停電のために休載します』って、いつかお伝えすることになるかもしれません」(同)

 取材に協力しながらも、空さんが本当に漫画家なのか半信半疑だった近所の人は、単行本の発売を喜んでくれているという。

「ご近所の年配の方も、紙の本になると読んでくれるので、やっと漫画家だって信じてもらえました。仕事はこれまでになく忙しいですけど、仕事場の目の前には綺麗な海が見えるので、東京にいた頃よりストレスが減った気がします。たまに冬のキーンとした寒さが恋しくなるのと、ネットショップの配送が遅いことはちょっと残念ですね。あとは、沖縄に来てから10キロ近く太ってしまいました。沖縄の食べ物は美味しいものが多いので……。車社会でほとんど歩かないせいもあると思います。この話も漫画のエピソードに出来たので、結果オーライです(笑)」(同)

デイリー新潮取材班

2021年8月6日掲載

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