自動販売機を社会のインフラに発展させる――高松富也(ダイドーグループHD代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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 ダイドーグループは、家庭に薬箱を設置し、使った分だけ集金する「置き薬」から出発した。それはやがて自動販売機と缶コーヒーという形に姿を変え、いまは全国に約27万台を設置する。そこからデータを収集、飲料だけでなく生活必需品も置く、新時代の自動販売機事業が始まっていた。

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佐藤 少し前の話になりますが、人気アニメ「鬼滅(きめつ)の刃(やいば)」のキャラクターをあしらった缶コーヒーが大ヒットしましたね。

高松 昨年10月から期間限定で発売したところ、「鬼滅の刃」の大ヒットのタイミングと重なって、3週間で5千万本、今年1月までには1億本を超える売り上げを記録しました。

佐藤 メインキャラクターの竈門炭治郎(かまどたんじろう)や禰豆子(ねずこ)だけでなく、胡蝶しのぶや栗花落(つゆり)カナヲなど、幅広くキャラクターを使われていた。全部で何種類ありましたか。

高松 28種類です。

佐藤 中身を飲むのは親で、缶は子供が保存していたケースも多いようです。普通に考えれば、「ダイドーブレンドコーヒー」の愛飲者と「鬼滅の刃」に夢中になる世代は違いますよね。どんな経緯で「鬼滅の刃」に決まったのですか。

高松 1975年に発売された「ダイドーブレンドコーヒー」の45周年を記念するキャンペーンだったのですが、担当者の「鬼滅の刃」への思いがものすごく熱かったんですよ。決定当時は、まだそれほど知名度はありませんでしたが、「必ずブレイクします」と言われまして。

佐藤 主軸商品である缶コーヒーで、アニメのキャラクターとコラボレーションしたことはあったのですか。

高松 ありませんでした。これまでは、CMに出ていただいたタレントの方くらいですね。例えば石原裕次郎の「裕次郎缶」がありました。他の飲料では、サイダーなら「名探偵コナン」とコラボしていますし、古くは「ドラゴンボール」「仮面ライダー」「ウルトラマン」とのコラボがあります。

佐藤 では、一つの大きな決断だったわけですね。

高松 発売の2年近く前から、通常より強いキャンペーンができないか、アイデアを練ってきました。その中で、販売層を広げるためにアニメのキャラはどうかという話が出てきたんです。そこで二つ候補がありました。もう一つは当時知名度が高いキャラクターだったので、私はそちらの方が無難じゃないかと思ったのですが、担当者の意気込みに圧倒されました。

佐藤 私はコロナがなければ、「鬼滅の刃」はあれほどヒットしなかったと思っているんです。鬼は、目には見えないけれども、確実に存在する。それは疫病のウイルスと同じです。そして鬼が跋扈(ばっこ)する中で、頼ることができるのは、家族と友達だけ。こうした構図もいまの状況にピタリとハマります。

高松 なるほど、そうですね。

佐藤 結果的に、缶コーヒーを飲まなかった層に大きく広がった。

高松 今年初めにほぼ販売を終了しましたので、いまその後の売れ行きなど、データを追いかけて見ているところです。もちろん一過性のお客様が多いのですが、購入を継続してくださるお客様も一定数いらっしゃる。今後、ここをどう生かしていくかを考えているところです。

佐藤 もともと缶コーヒーには、トラックの運転手や工事現場など現場で働く人たちが、休憩に一服というイメージがあります。

高松 はい。メインユーザーは30~40代のブルーワーカーの男性でした。ただ最近は作業現場だけでなくオフィスワーカーにもよく飲まれています。問題はどちらも年齢層が上がっていることなんですね。だから若い層をどう取り込んでいくか、それがずっと課題でした。もともと缶コーヒーには、どこか古臭いイメージがありますから。

佐藤 缶コーヒーの売れ行きは落ちていたのですか。

高松 私がこの会社に入った2004年頃から、ビジネスを取り巻く状況が変わり始めました。私どものコア事業は自動販売機で缶コーヒーを売ることですが、自販機の台数がピークを迎え、その後、緩やかながら減少に転じました。またコーヒー自体の消費量は増えていますが、飲まれ方が多様化してきた。

佐藤 街にはスターバックスやタリーズなど、コーヒーチェーン店が溢れていますし、コンビニもコーヒーに力を入れていますからね。

高松 その通りで、一方、家でドリップして飲まれる方も増えてきた。そうした流れの中で缶コーヒーは減少が続いていました。ですから私どもとしては、できるだけ飲まれる場面を増やそうとしてきた。具体的には、これまでの飲みきりの缶コーヒーの形に加えて、キャップ付きの缶やペットボトルに入れたりしました。現場で一気に飲み干すのではなく、オフィスで少しずつ飲んでいただく。

佐藤 確かに飲み方は、形状に左右されますね。

高松 そうやって顧客層を広げていく試みの中に「鬼滅の刃」とのコラボもありました。

佐藤 今回つかんだ層を離さないことが重要ですね。

高松 「鬼滅の刃」ほどのブレイクはなかなか難しいですが、秋には新キャンペーンを始めます。こうしたことの繰り返しで、顧客層を積み上げていきたいと考えています。

ルーツは置き薬

佐藤 もともとは置き薬の会社だったそうですね。

高松 戦後、私の祖父・冨男が個人で始めた配置薬業がルーツです。祖父の郷里の奈良県には、大峯山(おおみねさん)の陀羅尼助(だらにすけ)や米田(こめだ)の三光丸(さんこうがん)といった和薬の胃腸薬があり、そうしたものを各家庭に置いてもらっていました。

佐藤 富山の置き薬と同じで、薬箱から、使った分だけ後日集金する仕組みですね。

高松 はい。その置き薬から始まって、やがて自社でカフェイン入りのドリンク剤を作るようになります。それを配送業のドライバーの事務所などで、小型の販売機に入れて販売させていただいた。

佐藤 眠気覚ましのエナジードリンクですね。

高松 そしてそのドリンク剤に代わる新たな商材として見つけたのが、コーヒーでした。それを自販機に入れて売るようにしたんです。

佐藤 なるほど、置いておいて後日集金という仕組みは、置き薬も缶コーヒーも同じですね。家庭の薬箱から、ドライバーの集まる場所のドリンク剤販売機、そして缶コーヒーの自販機はつながっている。

高松 その自販機がどんどん進化して街中に展開できるようになります。缶コーヒーと自動販売機はとてもうまくマッチした。それが弊社の成長のストーリーです。

佐藤 自販機の缶コーヒーを飲むのは、私の大学時代から定着した気がします。おいしい喫茶店で飲むコーヒーのだいたい半額の値段でした。

高松 「ダイドージャマイカンブレンドコーヒー」が出たのが73年で、それが2年後に「ダイドーブレンドコーヒー」に生まれ変わります。そこから自動販売機を販路とする飲料販売事業に参入し、拡大していきます。まさにその時代にあたりますね。

佐藤 ロゴが大きかった時代の缶を覚えていますよ。緑色が入っているのが新鮮でした。

高松 いまはロゴが小さくなりましたが、3色あるうちの緑の部分はコーヒーの生豆の色です。そして赤が熟したコーヒー豆の色、茶色が焙煎したコーヒー豆の色を表しています。

佐藤 初期の缶コーヒーは、甘く、乳製品の量が多かった気がします。あれはコーヒー牛乳の延長として考えられたからじゃないでしょうか。

高松 そうですね。一番最初の缶コーヒーはUCC(上島珈琲)の3色缶と呼ばれているもので、コーヒー牛乳を缶に入れたようなものでした。そこへもう一段階本格的なコーヒーを缶で、と出てきたのが、弊社とポッカ、コカ・コーラ社の「ジョージア」になります。

佐藤 コーヒーは、香りで勝負するか、味で勝負するか、どちらかだと思いますが、香りなら挽き立て、淹(い)れ立てのコーヒーにかなわない。だから缶コーヒーは味で勝負するしかない。するとブレンドですよね。

高松 そこはこだわっています。本物の味づくりを目指すところから始まっていますから、弊社のコーヒーは、豆にこだわり、人工的な香料を一切入れていない。だから毎日、習慣的に飲む方が多いんです。他社の商品だと、毎日は無理というお話はよく聞きます。

佐藤 私はソ連崩壊時にモスクワにいましたが、その頃、コーヒーは若者や知識人の飲み物でした。どこか出先のオフィスで「コーヒーにしますか、紅茶にしますか」と問われて、コーヒーと言うと改革系にシンパシーがあると受け取られた。一方、紅茶はどちらかというと保守派の飲み物で、共産党の幹部たちはたいてい紅茶を飲んだ。当時は非常に政治的な飲み物でした。

高松 弊社は13年からロシアに進出していますが、缶コーヒーと、それから冬場でも冷たい炭酸飲料がよく売れますね。

佐藤 ロシア人は炭酸飲料が大好きです。冬場、外がマイナス20度になっても、家の中はセントラルヒーティングで暑いくらいです。しかも空気が乾いている。その中で炭酸飲料を飲むのが一番の幸せなんですよ。

高松 北海道でも冬場に炭酸飲料が多く売れるのと同じですね。

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