池江璃花子の泳ぎは病気前とどう違う? 金メダリスト・岩崎恭子が分析

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 白血病の公表から2年半。驚異的な回復力を見せて、池江璃花子が五輪のリレー種目に出場する。今年だけでも1秒半以上タイムを縮めた強さはどこからくるのか。そして今の泳ぎは病気前と違うのか。バルセロナ五輪で金メダルの岩崎恭子さんが徹底分析する。「週刊新潮別冊『奇跡の「東京五輪」再び』」より(内容は7月5日発売時点のもの)

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 4月3日から行われた東京五輪の日本代表選考を兼ねた競泳の日本選手権に私も足を運んで、池江璃花子選手の泳ぎを見てきました。

 結果は、まず4日の100メートルバタフライで優勝。そのタイムは400メートルメドレーリレーの派遣標準記録を突破して、リレーメンバーでのオリンピック代表に内定しました。8日の100メートル自由形も優勝し、400メートルフリーリレーの代表にも内定。大会最終日には、50メートル自由形と、50メートルバタフライでも優勝し、大会4冠を達成しました。

 自由形ではもしかしたら、と思っていたのですが、いきなり4冠を達成するとは、まったく予想もしていませんでした。とくにバタフライは、他の種目と比べて体力がすごく必要なので、出場するだけでもすごいことです。個人の派遣標準記録には届きませんでしたが、リレーの派遣標準記録を見事に突破しての優勝に感動しました。もともとバタフライが得意で、世界にいちばん近い種目でもありましたから、本人の思い入れも強かったのだと思います。

 おそらく泳ぐたびに自信が増していったのでしょう。バタフライで優勝できたからこそ、その後の自由形も優勝できた。日に日に表情が力強くなっていくのがわかりました。

 彼女の泳ぎを見て思ったのは、水をつかまえる泳ぎのセンスは変わっていなかったということ。肩の可動域がすごく広いのが池江選手の特徴で、それを生かした泳ぎは健在でした。

 肩の可動域が広いと、腕を上に伸ばしても横に伸ばしても、手が長くなるので、水を上手にキャッチすることができます。肘をしっかり高く立てられるので、泡も立ちにくくなります。泡が立つと、推進力は減ってしまう。

 昨年、彼女が所属する日本大学水泳部の上野広治監督から、「璃花子は体重が減ったけれど、アメンボみたいにスイスイ泳ぐんだよね」と聞いたことがあります。

 おそらくまだ筋力が戻っていないので、日本選手権のときもスタート台を思い切り蹴れず、体重も軽いので、浮き上がりまでの推進力も不足していたと思います。けれども、体の線が細いぶん、水の抵抗も少ないわけで、そのバランスがよかったのかもしれません。確かにその泳ぎは、他の選手と違って、なにか水の上を走っているような感じでした。まさにアメンボです。

 2019年2月に白血病を公表して闘病生活に入って以降、体重は最大で15キロ減って、退院後の筋力トレーニングでは、腕立て伏せを1回するのがやっとだった、と聞いています。それを考えると、まさに信じられないような復活劇です。

「力を出し切れる天才」

 昨年の秋、璃花子ちゃんと一度話す機会があり、「来年の日本選手権は出るの?」と尋ねたことがあります。そのときは「チャンスがあれば出ます」と言っていました。

 日本選手権はオリンピックの代表選考会も兼ねているので、戦う場です。つまり、その時点ですでに、「戦える状態であれば出る」というふうに思っていた。

 その後は、年が明けて、1月の北島康介杯の100メートル自由形で4位。2月の東京都オープンの100メートルバタフライで3位と、順調に復帰していきました。東京都オープンのバタフライでは後半に失速しましたが、日本選手権の参加標準記録を突破したので、「体力的には回復途上だけれど、五輪代表に選ばれる可能性はゼロではない」と思っていました。

 それにしても、そのときの100メートルバタフライの記録が、59秒44。日本選手権での優勝タイムが57秒77なので、わずか1カ月あまりで、1秒67もタイムを縮めたことになります。これは競泳選手からしたら、驚くような数字です。

 なぜ、池江選手はこれほど短期間で結果を残せたのでしょう。その要因には、泳ぐ技術に加えて、彼女のメンタルの強さがあると思います。もう想像ができないほど強い。白血病の診断を受け、苦しい闘病生活を乗り越えたこと自体が、メンタルの強さを物語っていますが、最初から彼女はメンタルが強かった。

 リオ五輪の後に、彼女にインタビューをする機会がありました。その受け答えから「この選手は、自分のことを客観的に見られる」強さがあると思っていました。

 オリンピック選手の中には、チヤホヤされて調子に乗ってしまう人もいるのですが、彼女はまったくそうではありません。若くて可愛いし、当時から騒がれてもいたのですが、自分の実力が世界の一流選手たちに追いついていないことを、きちんと自覚していました。

 現実をしっかり見て、自分にはまだ足りないところがあって、世界とは差があることを理解していた。だからこそ、2018年のパンパシフィック選手権やアジア大会で金メダルを量産したとき、「東京五輪ではメダルを狙えるかも」と思ったのです。

 平井伯昌・日本代表ヘッドコーチは、彼女について「力を出し切れる天才だ」とコメントしていましたが、まさにそう感じます。力があっても、本番でその力を出し切るのは難しい。準備を万端にしていても、ちょっとした緊張や不安で、実力を発揮できないことが多いですから。

 池江選手のもう一つの強さは、性格がポジティブで、明るいこと。愛される人柄で、可愛がられる。それは彼女が、自分の弱さをさらけ出せるからでもある。これだけ注目されると、いろいろ嫌なこともあると思いますが、それを引きずらず、回復できる力が彼女にはあります。

 先日、東京五輪の開催について、彼女がツイッターで発信したことがありました。彼女のインスタグラムのダイレクトメッセージや、ツイッターのリプライに「辞退してほしい」「反対に声をあげてほしい」などのコメントが寄せられたのです。

 彼女はそうした声があることに理解を示しながら、「ただ今やるべき事を全うし、応援していただいてる方達の期待に応えたい一心で日々の練習をしています。(略)この暗い世の中をいち早く変えたい、そんな気持ちは皆さんと同じように強く持っています」と書いていました。

 そうした文言を見ても、彼女の強さが見て取れます。言葉を選びながらも、きちんと主張している。そのバランス感覚も素晴らしいと思いますね。

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