五輪ゴルフを強化委員長・倉本昌弘氏が徹底解説 「松山」は金メダルを獲れる?「笹生」「畑岡」のライバル関係に注目

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感染対策の影響は

 笹生の全米女子オープン制覇で、俄然注目の高まった女子の金メダル争いは楽しみだ。

 前後に大きな大会が組まれていない女子の場合は、世界ランキングの上位を占める選手の多くが東京五輪に参加するに違いない。

 笹生、畑岡はそれぞれ、有力な金メダル候補と言っていいだろう。

 フィリピン代表で出場する笹生は、日本では日本選手としての認識だが、世界的には「フィリピンの選手が全米女子オープンを制した」という衝撃で報じられている。フィリピンはアメリカの植民地だった歴史的背景があり、昔からゴルフが盛んだ。

 調べてみると、フィリピンはこれまでオリンピックで計10個のメダルを獲得している。銀3個、銅7個。金メダルはまだない。もし笹生が優勝すれば、フィリピンに史上初の金メダルをもたらすことになる。それだけに笹生のモチベーションは高まるだろう。

 畑岡はもちろん地元・日本での優勝に燃えているに違いない。全米女子オープンでは、流れから言ったらレキシー・トンプソンか畑岡が最後に栄冠をものにする展開だと私は思って見ていた。しかも、プレーオフ最初のホール、畑岡のバーディーパットは完璧なタッチとラインだったが、わずか5センチ足りず、パーに終わった。ゴルフに「たられば」は禁物だが、ほとんど掴みかけた勝利を掴みきれず、結局笹生に栄光をさらわれたあの悔しさは畑岡にとって生涯忘れられないだろう。その雪辱をすぐ東京五輪で果たせるかどうかはもちろんわからないが、畑岡もまた大きな期待と意欲を持って臨める大会になるはずだ。

 笹生、畑岡のライバルは、何といっても、7月26日時点で世界ランキング2位から4位を占め、強さを誇っている韓国勢。1位のコ・ジンヨン、2位朴仁妃、3位キム・セヨン。さらに、アメリカ勢は、1位のネリー・コルダ、5位ダニエル・カン、12位レキシー・トンプソン、15位ジェシカ・コルダら、誰が金メダルに輝いても不思議ではない。ちなみにこの時点で笹生は9位、畑岡は11位に上がっている。

 またオリンピックの舞台で活躍が期待されるのが、13位にいるパティー・タバタナキットと21位のアリヤ・ジュタヌガンのタイ勢。ふたりとも今季USLPGAツアーで1勝し、好調だ。

 こうした面々を凌駕し、笹生と畑岡が全米女子オープンで1、2フィニッシュした快挙には改めて驚嘆する。東京五輪でも二人が金メダル争いに加わる姿をぜひ見たいものだ。

 笹生と畑岡が金メダルを獲得できるか、運命を分けるのは、コンディショニングとコース設定ではないだろうか。

 今回の東京五輪は、コロナウイルス対策の徹底が前提だ。選手たちは毎日検査を受け、陰性を確認した上で、東京・晴海の選手村と練習場、試合会場の往復だけが許される。それ以外の場所に行くことは許されない。そうした制約の中で、集中とリラクゼーションをバランスよくできるか。通常どおりの練習が思い通りにできない可能性も高い。そういうイレギュラーな状態で平常心と闘争心を保ち、実力を発揮する人間力も必要だろう。

 ゴルフの日本代表は、会場が選手村から遠く離れているため、試合中は協会が用意した一軒家とホテルからコースに通う予定だ。コロナ対策のため、練習ラウンドまでの期間は選手村から通うことを義務付けられるだろうが、期間中は独自の環境で過ごせる分、集中はしやすいかもしれない。何しろ、選手村は最小9平方メートルの1人部屋か最小12平方メートルの2人部屋。いずれにせよ、ゆったりしたホテル暮らしに慣れているトッププロたちにとっては快適な環境と言えない。フィリピン代表が大会中、どこに滞在するかわからないが、宿舎の環境も明暗を分ける可能性がある。笹生が過ごしやすい環境でプレーできるといい。

 私は東京五輪ゴルフの強化委員長を担っている。が、他の競技とは全然違って、ほとんど選手の活躍に貢献するすべがない。リオ五輪にも行ったが、選手村に入ることもできなかった。チームに与えられるIDがわずか3枚で、私が使うわけにいかなかった。コーチの丸山茂樹、事務局の担当者、それに通訳の3人が選手を直接サポートした。私は大会中もロープの外をギャラリーと一緒に歩いて応援した。東京五輪も同様で、強化委員長らしいことは何もできないだろう。

 元々ゴルフは選手が自分自身の判断でプレーする競技だ。コーチがあれこれ指示し、競技中まで関与しないのが良さだと思っている。キャディーのサポートは受けられるが、基本的にプレーヤーがすべての責任を持ち、すべて判断するからこそ、心技体の成長がある。他の競技にもこの基本姿勢を伝えられたらいいなと考えている。何もしない強化委員長という私の立場も、いい意味で参考になればうれしいと思っている。

五輪に団体戦を

 最後に、オリンピックとゴルフの未来について、私の考えを書いておきたい。

 実際にリオ五輪に行ってみてますます意を強くしたのだが、

「オリンピックでゴルフをやるなら、ぜひ団体戦を採用してほしい」

 それが私の希望だ。オリンピックでも通常のツアーと同じ4日間の個人戦を戦うことにあまり意味を感じない。プロゴルファーにとっては、五輪がいくら特別な大会といっても、四大メジャーの重さとは比較にならない。億単位の賞金のかかる大会と賞金のないオリンピックでは、目的が違って当然だ。

 ヨーロッパとアメリカがチームを組んで争う対抗戦「ライダーカップ」は、欧米では大いに人気を博している。オリンピックのゴルフ競技も国別の団体戦にしたら、トッププロたちが普段とは違う意欲を持って参加できるだろう。きっと、通常のツアーとはまったく別のドラマを生む可能性も高まるはずである。

倉本昌弘(くらもとまさひろ)
東京五輪ゴルフ強化委員長。1955年広島県生まれ。80年に史上初めてアマチュアとしてプロツアー優勝を果たす。ツアー通算30勝で永久シード保持者。現在は日本プロゴルフ協会(PGA)会長を務めながら、シニアツアーに参戦中。

週刊新潮 2021年8月9日号別冊掲載

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