小山田圭吾と小林賢太郎の驚くべき共通点 今後、組織委がやらねばならないことは?

エンタメ 芸能 2021年7月23日掲載

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必然性なき「ホロコースト」

 ラーメンズは異色のお笑いコンビだった。「爆笑オンエアバトル」(NHK)などに登場したものの、芸風は漫才とは程遠く、一風変わったコント、あるいは2人芝居と呼べるものだった。

 そのネタは観客に一定水準以上の知識と高い感性を要求するものが大半。さらにストレートな笑いを呼ぶものよりシニカルな笑いを誘うものが多かった。このため、小中高生のファンは少なく、支持するのは大学生以上が中心。その中でも今で言うところの「意識高い系」に愛された。

 小林と片桐は多摩美術大学版画科の同級生。在学中にコンビを結成し、卒業直前の1996年、大手芸能プロの田辺エージェンシーに所属した。「オンエアバトル」には1999年の初回から出演し顔を売った。

 2002年、ラーメンズの活動は続いていたものの、小林は演劇プロジェクト「K.K.P.」を立ち上げた。自分で脚本を書き、演出も行い、「振り子とチーズケーキ」などの演劇作品を発表した。

 一方、小林はソロ活動も行い、パントマイムなどのライブで海外ツアーも行った。いずれも前衛的なものだった。

「ラーメンズ以外の活動を知らなかった職員が大半です」(同・民放関連会社から五輪組織委員会へ幹部として出向している職員)

 小林は国際的にはもちろん、国内でも知名度が高いとは言い難い。それでも起用されたのはなぜか。昨年12月まで演出チームの一員だった椎名林檎(42)と交流があるため、その繋がりではないかと見られている。組織委は今後、小林と小山田の選考プロセスを説明する責任がある。

 前述の通り、2人のネタは意識高い系。それが、問題と指摘されたネタを生んだという見方も出来る。

「自分たちのネタはほかと違っていい」と考えていたのではないだろうか。個性は追求されるべきだろうが、約600万人が虐殺されたホロコーストをネタに盛り込む必然性は全くなかったはずだ。

 小山田のイジメ自慢と底流でつながる気がする。小山田は、「自分は何を言ってもいい」と勘違いしていたのではないか。小山田の場合はイジメそのものも含めて、ある種の選民思想である気がする。

 小林と小山田にはほかにも共通点がある。NHKとの親和性の高さだ。NHK BSプレミアムは過去10年にわたり年1度、「小林賢太郎テレビ」を放送してきた。

 一方、小山田はEテレの教育番組「デザインあ」と「JAPANGLE(ジャパングル)」の音楽に関与してきたものの、同局は20日、両番組を別番組に差し替えた。「小林賢太郎テレビ」についても同局は判断を迫られている。

 組織委の橋本聖子会長は同22日、小林の問題について「まったくそういうことが存在していたということは存じ上げていなかった」と謝罪。ツイッターなどで情報が広まった21日深夜から22日未明になって知り、「外交上の問題もいろいろあり、早急に対応しなければいけない」ため、解任の運びとなったという。

 組織委には民放や電通などから多数の出向社員がいて、エンターテインメントのプロが揃っている。ところが、その人材を生かせなかった。情報の共有化がなく、職員たちが当事者意識を持てなかったからだろう。

 それより痛かったのが関係者の人権意識の確認を怠ったこと。最初から考えていなかった。五輪とパラリンピックをなぜやるのかを組織委は忘れている。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

デイリー新潮取材班編集

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