ひろゆき氏はなぜ注目されるのか 20年前、実家の散らかり放題の部屋に住んでいた頃

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20年前はゴミ部屋

 低視聴率ばかり話題になった「グッとラック!」だが、ひろゆきという人気コメンテーターを生んだのは唯一の功績か。だが、なぜ「グッとラック!」だったのだろう。

「ひろゆき氏をコメンテーターに起用したのは、ある種の博打だったと思います。訴訟を抱えるなどトラブルメーカーのイメージが強く、世間の好感度も高くなかった。地上波のワイドショーで使うのは恐かったでしょうね」

 確かに少し前まで、ひろゆき氏は口が達者で理屈っぽく、偏屈な人というイメージがあった。だが、それは違うというのは、「週刊新潮」で20年前に彼を取材した記者だ。

「『週刊新潮』(01年8月30日号)のグラビアページでひろゆきさんを取り上げました。当時、“2ちゃんねる”が一般にも話題になっていた頃で、こんなものを作り上げたのはどんな人なのかということで取材に行きました」

 取材先はひろゆき氏の実家だったという。

「マンションに着いたら、下まで降りて迎えに来てくれたのが意外でしたね。もらった名刺は自作だったと思いますが、隅っこに小さく名前と連絡先が印字されているだけの地味なものでした。大人しい印象でしたが、訊かれた質問には丁寧に答えるタイプでした。ネットで自分に批判が出ることをどう思うかと訊くと、『批判があることが健全なんです』と言い切ったので、芯がしっかりしていると感じました。もっとも、彼の部屋に通されたのですが、散らかり放題の部屋だったのが忘れられません」

 グラビアのタイトルは「インターネットの“ゴミ箱”『2ちゃんねる』を作った男」だった。

「その後、彼は多くの訴訟を抱えました。あまりに多すぎて、東京と沖縄で同日に裁判ということもあったそうです。出廷できないので敗訴し、賠償金も膨らんでいくのですが、彼はそれを無視した。そこで批判も増えていきました。しかし、資産もない彼は、賠償金を支払わなくても法に問われることはないというルールを知って、そのルールに則って無視を決め込んだ。なんだか彼らしいと思いましたね」

 彼の著書「1%の努力」(ダイヤモンド社)には、当時のことを書いている。

《ネットにまつわる法整備が整っていないときに、僕は2ちゃんねるを創設した。/全国各地でたくさんの裁判を起こされて、理不尽な敗訴をした。/悪質な書き込みがあったときに、本当は書き込んだ人が悪いだけなのに、僕がそれを「悪意を持って放置した」という判断をされた。/今は法律も変わったが、当時、サイトの管理人はそんな扱いをされた。/最初の裁判の判決が出るときは、「負けたら大変なことが起きるんだろうな」と思っていた。/しかし、何も起きなかった。/敗訴判決が10件、20件、30件……、100件と溜まっていっても、僕の生活は何も変わらなかった。/マンションや土地、車などの資産を持ってしまうと、それが差し押さえられてしまう。けれど、そういうものには昔から興味がなかった》

 すでに20万部を突破したという。ひろゆき氏の著書は、書店では“自己啓発”の棚に置いてあることが多い。先の民放プロデューサーが言う。

「今ではワイドショーやトークバトル系番組などで受けるキャラクターだと評価されています。テレビショーにハマるクセの強いタレント、数少ないヒール役ということでしょうか」

デイリー新潮取材班

2021年6月18日掲載

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