転職社員がデータ漏洩… ソフトバンクが楽天モバイル提訴で「10億円請求」の不可解

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役に立たないデータ

 見込み違いだったことは、被疑者の逮捕後の取り扱いからも透けて見える。

 問題の技術者は、家宅捜索から5カ月後の今年1月12日に逮捕され、23日後の2月4日に保釈されている。

「警察に逮捕された被疑者は2日後に送検されます。そして検察の聴取を1日受け、その翌日から通常は10日間のサイクルを2回勾留されて起訴になります。つまり合計23日の間、勾留される計算。その後、立場が被疑者から被告人に代わり、罪が重い場合や証拠隠滅の恐れがあるケースでは、被告人勾留となって表に出られませんが、今回はすんなりと保釈されています。もし10億円を盗んだ泥棒だったら、こんなに簡単に釈放されませんよね」(同)

 つまり、転職した技術者が不正にSBのデータを持ち出した事実は間違いなかったものの、どうやら実態として大きな被害があったとは見なされなかったわけだ。

 携帯電話の事情に詳しい業界誌記者が解説する。

「どこの電柱にSBのアンテナが設置されているのかという情報を、楽天が欲しがったのではないかとも疑われたのですが、専門家に聞くと、それはないだろうという返事でした。というのも、SBと楽天では割り当てられた周波数が全く別。わかりやすく言えば、SBの電波のほうが届きやすい。だからアンテナ設置のメソッドを真似しても意味がないそうなのです」

 価値もなく、意味もなく、ただただ厄介なデータを知らずに持ち込まれたとすれば、楽天は貰い事故と泣くしかない。捜査関係者が言う。

「なぜそんな役にも立たないデータを持ち出したのかが疑問ですが、被疑者はこんな大事になるとは思わず、ほんの軽い気持ちだったようです。彼は川崎の高校を卒業した後、コーヒーメーカーや郵便局、通信工事会社などに勤めた後、2004年ごろ、ソフトバンクに入社しました。コンピューターの専門家でもなく、現場でスキルを身に着けたタイプ。だからデータを取った時も、自分が普段使っているGメールアドレスに送っているくらいで、隠そうという意図もなかったようです」

 軽率な行動が予想もしない災いを招いてしまう典型パターンだが、そんなお粗末な内情がSBと楽天、警視庁という三者の間で共有された矢先、10億円訴訟のニュースが飛び出し、警視庁も楽天も腰を抜かしたのである。

 裁判所担当デスクも驚いたという。

「実は楽天モバイル側とSBは東京地裁の仲介により、3月半ばに和解の審尋調書を作成しています。これはSBが楽天に対し、取られたデータの利用停止を求める仮処分命令申立てを行ったことに対応した和解です。今後お互いに誹謗中傷、名誉棄損、業務妨害に当たる言動を行わないという一項目が入っていて、一般的には手打ちが行われたと見なされていました。不思議なのは、1000億円の請求権があるのに10億円を請求するという訴訟の手法で、これは極めて珍しい。おそらく、裁判を起こす時の申立手数料が、請求額1000億円の場合は1億602万円掛かるのに比べ、10億円の場合は302万円で済むという現実的な費用が関係しているのでしょうが……」

 だが、本当に実質的な損害が生じていなかったとすれば、10億円訴訟の見通しはSBにとって決して明るいものではない。先制攻撃を仕掛けたはいいが、法廷の場で楽天モバイルから反撃を受け、損害を実証できなければ、被害者の顔をして法外な請求を行うボッタクリ企業の汚名を着せられかねない。

デイリー新潮取材班

2021年6月1日掲載

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