転職社員がデータ漏洩… ソフトバンクが楽天モバイル提訴で「10億円請求」の不可解

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 ソフトバンク(以下=SB)が産声を上げたのは1981年9月、博多駅を南に6キロ下った雑餉隈(ざっしょのくま)というレトロな商店街の一角だったという。先月の決算発表会で、当時の事務所近くの踏み切りの写真を紹介しながら、孫正義会長(63)はしみじみと原風景を振り返ってみせた。

 以来40年──。目下、孫会長率いるSBは絶頂期を迎えていると言って差し支えなかろう。2021年3月期の純利益は4兆9900億円に達し、これは3年前にトヨタ自動車が記録した2兆4939億円を抜き、国内企業のレコードである。孫会長自身、もはや立志伝中の人物というレベルを超えた成功者となり、発言力も日本の政治家を遥かに凌いでいる。5月22日にTwitterで「今、国民の8割以上が延期か中止を希望しているオリンピック。誰が何の権利で強行するのだろうか」と呟いたことが、各紙の紙面を賑わせたことからも明らかだ。

 だが、古来より「好事魔多し」という。

「順風満帆に見えるSBにアキレス腱があるとすれば、ライバル企業、楽天モバイルとの裁判ではないでしょうか」

 と話すのは、大手紙の警視庁担当記者である。

「5月6日、SBが楽天モバイルを相手に、10億円の損害賠償の訴訟を起こしたことがニュースになりました。SBから楽天モバイルに転職し逮捕された40代の技術者による、データの不正持ち出し事件の関連です。SB側は1000億円の損害賠償請求権があると主張し、そのうちの10億円分の支払いを求めています。しかし実のところ、本当にそんな巨額の被害があったのかというと、少しハッタリが過ぎるというのが、現在の警視庁当局の見立てなのです」

 簡単に事件を振り返っておくと、2019年12月いっぱいでSBを退職した携帯電話基地局設置の技術者が、楽天モバイルに入社したのは翌年1月。彼は退職する前、業務で使用していた複数のデータを自分の私的なGメールに送付し、退職後にもSBのサーバーにアクセスしていた。

 これに気づいたSBは調査を行い警視庁に告訴。その結果、2020年8月、楽天モバイルなどに家宅捜索が行われ、技術者のPCが押収された。驚いた楽天モバイルは、社内サーバーに残っていた技術者のファイル数千点を、警視庁とSBに開示したという。その中には確かに、彼がSBから持ち出したNTTの光ファイバーの位置データや電柱情報が含まれていたのである。警視庁担当記者が続ける。

「しかし困ったことに、そのデータには特別の価値がないことがわかってきました。具体的に言うと、光ファイバーの位置情報というのは、携帯電話会社であればNTTから無料で提供を受けることができるデータ。もう一つの電柱位置に関しても、NTT東日本分が100万円、西日本分が100万円、2つを合わせても200万円程度の価値に過ぎません。また、どちらのデータについても、すでに楽天モバイルが正規ルートで入手していたため、特に組織として必要としていなかったことが判明したのです」

 そもそも楽天モバイルの直属の上司は、この技術者がSBのデータを持っていたことも寝耳に水。当初は組織ぐるみの悪質な産業スパイ事件ではないかと意気込んでいた、SBや警視庁の目論見は大きく外れてしまったのだという。

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