仏教思想家が「終活はするべきでない」と指摘する理由 終活ビジネスで財産を奪われるリスクも

ライフ 週刊新潮 2021年5月6日・13日号掲載

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実例で学ぶ「死後の準備」の落とし穴

 ひろさちや氏が語ってくれたような「死生観」を持っていれば気にも留めないだろうが、とかく「終活」と名がつく「死後の準備」には際限がない。

 葬式に始まり墓、それらの希望を書き連ねたエンディングノートまで――。死後の段取りが済んだと思えば、こんどは身の回りに溢れる家財や着るものまで整理したくなる。なにも手をつけていないあなたは大丈夫か。残された遺族を困らせてはいけない。そう不安を掻き立てられ、まるで「終活」が「人生の総決算」であるかのような情報が世間には溢れているのもまた事実だ。

 さらに厄介なのは、これらで推奨される「終活」が金のなる木になってしまっているということである。「地獄の沙汰も金次第」と言わんばかりの契約を巡り、トラブルも多発しているという。行きつく先は、残された家族までもが巻き込まれるという最悪の事態。遺族に迷惑をかけないようにと始めたのに、これでは何のために準備を重ねたのかわからなくなってしまう。

 全国の消費者から苦情や相談を受け付けている独立行政法人・国民生活センターの担当者に話を聞くと、

「当センターや各地方自治体の消費生活センターには、コンスタントに相談が寄せられているという印象です。終活にかかわる代表的な項目で、件数が多い順にいえば『墓』、『葬式』、『遺品整理サービス』と続きます」

「終活」の泥沼に足を突っ込めば、何が貴方を待ち受けるのか。以下では、同センターに寄せられたものをはじめ、さまざまなトラブルの実例を分野別に紹介して、「死後の準備」を見直す一助としたい。

「葬儀」「墓」生前契約でトラブル多発

 誰もが死ねば「葬儀」や「墓」の問題は避けては通れない。そこで「生前契約」をしてしまえば、遺族の金銭的な負担や面倒な手続きも省ける。そう考えがちだが、そこにはこんな落とし穴もあるからご用心である。

 前出の国民生活センターの担当者に尋ねると、

「葬儀会社から45万円を請求されたという30代の女性からの相談です。亡くなった父親が、生前に葬儀費用を積み立てる互助会に入って24万円を支払っていた。それで葬式は賄えると考えていたのに、食事代や着物代を別途請求された。互助会のパンフレットには、白装束の写真もあって着物代も含まれると思っていたのに説明もない。返金して欲しいと葬儀社に苦情を入れたが拒否されたというのです」

 お墓でも、金銭にまつわるトラブルが多く報告されているとしてこうも言う。

「ある寺の土地を1区画購入したという70代女性から相談が寄せられました。納骨されてから32年間使用でき、供養してもらえるという契約で夫婦合わせて44万5千円を支払った。ところが、購入してから女性に病気がみつかり、夫も記憶障害を持つようになってしまった。そうなると夫婦どちらかが亡くなれば、子供の家で厄介になる可能性が高い。しばらくは子供がどこに住むか決まっていないのでキャンセルを申し出たところ、一旦契約すると返金できないと言われたという内容でした」

 この夫婦の場合、墓石の代わりに植えられた木が墓標となる「樹木葬」に惹かれて契約したというが、なかなか先のことまで思い描いた通りにはいかない。

『自分らしい逝き方』の著者で、葬祭カウンセラーとして「日本葬祭アカデミー教務研究室」の代表を務める二村祐輔氏は、

「セミナーに来る相談者の事例で、70代の男性が墓じまいをするため菩提寺に請われて、300万円近いお布施をお包みした。男性には一人娘がいましたが嫁いでいたので墓の跡継ぎはいない。これで子供の手を煩わせることもないから安心だろうと娘さんに伝えたところ、揉めてしまった。彼女としては、結婚したとはいえ実家と絶縁するわけでもない。どうして大事なお墓までなくしてしまうのか、という思いがあったのです。そこで彼女は墓じまいを取り消して、お寺に返金してもらおうとしたそうですが、寄進されたものなので、応じられないと言われました。良かれと思ったことでも、家族に相談もせずに一人で話を進めるのはよくありません」

書いてはいけない「エンディングノート」

 葬式や墓のみならず、残される家族とコミュニケーションを取らず、すべて自分の想いだけで進めることは「終活トラブル」に繋がると、先の二村氏は指摘する。

「いくら事前に準備しても必ず実行されるかは分かりませんし、遺族の意向で変更されるかもしれない。自分の希望は2割くらいに止め、残り8割は遺族に任せるくらいの心持ちでよいのです。自分の希望があるなら伝えることは大切ですが、家族との話し合いの時に注意したいのは残される側が積極的になってしまうこと。その結果、家族関係がぎくしゃくしてしまった事例をご紹介しましょう」

 二村氏のセミナーに80代の男性が辛そうな顔で相談に来たというのだ。

「息子たちに迷惑をかけたくないと思って、死後の希望などが列記できるエンディングノートを書いてみようと思い立ち、家族にも打ち明けたそうなんですがね。息子たちが盛んに霊園のパンフレットをもらってきたり、終活セミナーをすすめてきたり、挙句にはエンディングノートの内容や進み具合を確認されて、その男性は“早く死ねと思われているのではないか”と疑心暗鬼になってしまった。息子さんたちの世代は、高齢者世代と比べ情報収集能力が高いので、良かれと思って親にたくさん話を伝えるわけです。それ自体が親からすればストレスに感じて、ノイローゼになってしまう。いわば“終活疲れ”に陥ってしまうのです」

 実際、エンディングノートには葬儀や墓の希望をはじめ、財産目録や訃報を伝えるべき友人の連絡先など、数多の項目がある。

 その原型となるノートを作成した経験を持つという二村氏は、こうも言う。

「90年代後半、まだ日本でエンディングノートの存在が広く知られる前に、全体のデザインなどを考案しました。著作権は放棄したので、今やさまざまなエンディングノートで私が考えた項目が使用されていますが、作成した私自身も全部びっしり埋めるような使い方は想定していませんでした。そもそも、たくさん書けるくらいなら、終活の準備ができていることになりますからね。当初、考えていたのはノートを机にポンと置き、気が向いたらパラパラと眺めるくらいで丁度いいと。家族の目にとまれば、“コレは何?”と会話のきっかけにもなる。あくまでコミュニケーションの手段として捉え、延命治療の是非など、どうしても伝えたい実務的な情報を書き足すような、メモ代わりにしてもらうくらいでよいのです」

「生前整理」「断捨離」で“終活ビジネス”に狙われる「あなたの財産」

 いざ「終活」を始めれば「生前整理」や「断捨離」は必須とされているが、大抵の人なら歳を重ねるほどに身の回りの品は増えていく。ひとりで片付けるのはどうにも厄介だろうが、そんなあなたの財産を狙う不届き者もいるというから要注意だ。

 再び国民生活センターの担当者に話を聞くと、

「50代女性からの相談で、実家に住む80代の母親のところに、ある日突然『生前整理アドバイザー』だと名乗る買取業者がやってきたそうです。不用品を出すように勧められ、掛け軸を差し出したところ貴金属はないのかと強く求められた。高齢の母は、言われるがまま金のネックレスや指輪など数点を総額4万3千円で買い取られたが、特に貴金属は全て市場価格をかなり下回る額で、納得できないというものでした」

 新聞広告で見た業者に、わざわざ電話してトラブルになったケースもある。

「相談者は80代の男性ですが、かつては熱心に切手を集めておりコレクションの中にはかなり高額で購入したものも含まれていたそうです。価値のあるものなので息子に譲ろうと思っていたが、嵩張るのでいらないと断られてしまい、仕方なく骨董業者に連絡をした。切手の他に刀剣なども買い取ってもらったが、全部で3千円にしかならなかった。あまりにも安値で後悔し、事前に契約はクーリングオフできると業者に言われていたので返してもらおうと7、8回電話をかけたが、まったく出てくれないとのことです」

 母親の「生前整理」を手伝おうと業者に依頼した50代女性の場合は、こんな災難が降りかかった。

「すぐ業者が見積もりに来たそうですが、まだ不用品を仕分けできていないと伝えたところ、一緒に整理を手伝いますと言われ安心してしまった。作業当日は男性が4人来てくれたが、時間がないのかゆっくり仕分けをさせてもらうことができなかった。後日、母親のものではなく相談者が大事にしていたカバンまで不用品として回収されていたことに気づき、業者に確認しても“探しようがない”と言われてしまったそうです」(同)

 改めて二村氏がこう警鐘を鳴らすのだ。

「『終活』という言葉にのっかったビジネスやメディアに煽られ、多くの人は“しなければいけない”という強迫観念を抱いているのではないでしょうか。死に対して実務的に備えるだけではなく、自分の死生観を見つめ直して欲しいですね」

ひろさちや
仏教思想家。1936年大阪府生まれ。東大文学部印度哲学科卒、元気象大学校教授。『どの宗教が役に立つか』『ひろさちやの般若心経88講』『仏教に学ぶ老い方・死に方』『釈迦物語』『こんな長寿に誰がした!』など著書多数。

特集「仏教思想家が金言 『終活』なんておやめなさい」より

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